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【飯田橋 INUA】料理をアップデートする 発酵の使い方

エノキステーキ 銀杏ペーストとワサビを塗ったナスタチュームの葉で、卵黄のソースをのせたエノキダケのステーキとシャントレルのパンプキンビネガーマリネを包んだ一品。エノキダケは炭火で焼く際、レモンタイムの香りをつけている。

ラボで実験を繰り返し独自の発酵食品を開発 INUA トーマス・フレベルさん

 ガストロノミー界ではここ十年ほど、モダンノルディックブームが続いている。このトレンドとともに、北欧の「発酵」の文化も周知されてきた。
「ノーマ」をはじめとする北欧のレストランがさまざまな発酵食品を使う背景にあるのは、冬が長く日照時間が短い風土。彼の地で発酵の技が発展してきたのは、冬に備えて食品を保存させるためだ。

 では、現代のノルディック・レストランでは、北欧の伝統に根ざす発酵の技をどのように活かしているのだろうか? その核心に迫るべく、昨夏、東京・飯田橋に誕生したイノベーティブ・レストラン「イヌア」でヘッドシェフを務めるトーマス・フレベルさんに取材した。フレベルさんは、「ノーマ」でレネ・レゼピさんの右腕として活躍したシェフだ。

INUA トーマス・フレベルさん
Thomas Frebel
1984年ドイツ生まれ。2009年に「noma」に入店し、リサーチ&開発のトップとして活躍。シドニーやメキシコなど、海外のポップアップ店舗でも腕を振るい、2015年に「マンダリン オリエンタル東京」のポップアップレストランのために来日した折に日本の食材や文化に魅了される。2018年6月「INUA」ヘッドシェフ就任。国際色豊かなチームを率い、日本の四季の食材の魅力を引き出している。

「ノーマ」から受け継ぐ実験精神で技術を応用

「イヌア」で提供されるおまかせコースの13品にはさまざまな発酵食品が使われるため、ダイニングの階下のラボには、発酵を行うための機器「温湿庫」をずらりと並べたコーナーがあるほど。そこでは麹、味噌、ヨーグルト、魚醤、日本産唐辛子のチリペースト、パンプキンビネガーなどの発酵食品が作られている。フレベルさんによると、「ノーマ」の厨房にもやはり温湿庫があり、つねに多種多様な食品を発酵させていたそうだ。

「私は長年『ノーマ』にいましたので、『イヌア』の料理は『ノーマ』の影響を受けています。たとえば“牛醤”は『ノーマ』でも使っている定番アイテム。これは牛肉の端肉を有効活用するために私が考え出したもので、いわばビーフソイソースです。『ノーマ』では8年ほど前から日本の発酵食品に注目し、進化させているんですよ。同店の料理長レネ・レゼピさんは、日本の味噌にインスパイアされ、麦麹を2週間発酵させた麦味噌を作っていました」

 日本生まれの麹は、もはや「イヌア」で欠かせない発酵食品のひとつ。フレベルさんは米や麦はもちろん、キヌアやキビからも麹を作り、オイルや水などと合わせて料理の味付けに活かしている。

 そもそも麹は米や麦だけでなく、理論的にはさまざまな穀物から作ることができるもの。おいしくできるかどうかは実験ありきだが、失敗を恐れずに試行錯誤を重ねるのがフレベルさんのやり方だ。

「新しい技術を体得したら、いろいろな素材に応用してみるのが私のスタイルなのです」。そう語るフレベルさんは、昨年は乳酸菌で発酵させる技術を、さまざまなキノコで試したそう。たとえば「セップウォーター」は、セップ茸にたまり醤油をかけて乳酸菌を付け、2〜3日かけて発酵させた液体。

キノコの種類によって成否が分かれるため、50〜60回の実験を繰り返して完成させたという。気が遠くなるような作業だが、彼はもともと「ノーマ」でリサーチ&開発のトップを務めていた人物。当時の話を聞けば、ポップアップレストランの開催国であちこちを旅して食材を探したり、それを活かす方法を考えたりすることを、心底楽しんでいた様子が伝わってくる。

エノキステーキ  銀杏ペーストとワサビを塗ったナスタチュームの葉で、卵黄のソースをのせたエノキダケのステーキとシャントレルのパンプキンビネガーマリネを包んだ一品。エノキダケは炭火で焼く際、レモンタイムの香りをつけている。
エノキステーキ
銀杏ペーストとワサビを塗ったナスタチュームの葉で、卵黄のソースをのせたエノキダケのステーキとシャントレルのパンプキンビネガーマリネを包んだ一品。エノキダケは炭火で焼く際、レモンタイムの香りをつけている。

発酵調味料がもたらす まろやかな旨味の重層感


 フレベルさんの探求心を活かして開発された発酵調味料は、ある皿ではソースとして、ある皿では食材に塗られた状態で使われる。なかでも最も発酵調味料が効を奏しているひと皿といえば、「エノキステーキ」だろう。エノキステーキとは、分厚く切ったエノキの根元をステーキに見立て、たれを塗って炭火で焼き、卵黄のソースをかけた料理。このたれにブレンドされている調味料の半分以上が、同店オリジナルの発酵食品だ。

 たれの材料もエノキダケも、炭火の香りも、日本人にはすべて馴染み深いものだが、でき上がったエノキステーキは斬新な味わい。その斬新さは、エノキの根元をステーキに見立てた発想によるところもあるが、たれの材料などに用いられた発酵調味料の、まろやかな深みによるところが大きいだろう。たれの材料は、セップウォーター、米麹オイル、白味噌濃縮液、ダシ濃縮液(昆布と鰹のだしに酒、みりん、醤油)。そのたれが染みたエノキの上には、舞茸と水と麹、塩から作った「舞茸ガルム(舞茸醤)」と卵黄を合わせたソースがかけられ、さらにパンプキンビネガーでマリネしたシャントレル(ジロール茸)が添えられている。それらをナスタチュームの葉で包んで食べれば、発酵食品の深い旨味の重層感が楽しめる。

 それにしてもこんなに多くの発酵食品を使うのは一体なぜ?改めてフレベルさんに尋ねると、「重ね合わせてみたら、美しくロマンティックなものができたから」という答えが返ってきた。
 そもそも「イヌア」の料理コンセプトは、日本の食材を北欧の技と世界中で習得した技術で活かすこと。長い試行錯誤の過程を楽しむフレベルさんの姿勢と、長い冬を越すために工夫を凝らす北欧人の精神が、重なって見えた。

セップウォーター、米麹オイル、白味噌濃縮液、ダシ濃縮液、舞茸ガルム、シャントレルのパンプキンビネガーマリネなど。いずれも自家製の発酵食品だ。
セップウォーター、米麹オイル、白味噌濃縮液、ダシ濃縮液、舞茸ガルム、シャントレルのパンプキンビネガーマリネなど。いずれも自家製の発酵食品だ。
ナスタチュームの葉の上のシャントレルは、自家製の発酵調味料のひとつであるパンプキンビネガーでマリネされている。
ナスタチュームの葉の上のシャントレルは、自家製の発酵調味料のひとつであるパンプキンビネガーでマリネされている。
飯田橋INUA

イヌア INUA
東京都千代田区富士見2-13-12 KADOKAWA富士見ビル 9F
03-6683-7570
● 17:30~(要予約)
● 日、月休 ※年始は1/17まで休
● コース 29000円(サービス料別)
● 60席
https://inua.jp

小松 めぐみ=取材、文 岡本 淑=撮影
text by Megumi Komatsu photos by Yoshi Okamoto


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