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【麻布長江香福筵】まだ知られざる中国料理の技術を伝える 田村亮介さん

麻布長江 香福筵 田村亮介

どの料理にも勝る技法の種類を持つという中国料理の中でも、特に乾物が好きだと言う田村さん。扱うための感覚をつかむのが難しい食材だが、日々の鍛錬の中で得た技術をもとに、日本ではまだ知られていない乾物の魅力を紹介する。

幅広く、奥深い中国料理の乾貨(乾物)の世界

中国料理ならではの技術「乾貨」を見直す

 田村さんが「技術の伝承」の題材に選んだのは、中国料理の中でも重要な食材のひとつである乾貨(乾物)。「中国料理の乾物の戻しは奥の深い技術です。乾物自体にも個体差がありますし、同じものであっても微妙な温度やかける時間の違いによって戻り具合が変わります。何度もやりながら自分で感覚をつかんでいかなければならない難しい技術なんですよ」と田村さん。また、本来は天日干しで作られる乾物を食することを通して太陽のエネルギーを体内に取り込む、という医食同源の考え方も大切であると語ってくれた。

 中国料理に使われる乾物としてはフカヒレ、ナマコ、アワビ、ツバメの巣の四大珍味をはじめ、貝柱やエビ、魚の浮き袋などがよく知られるところだが、今回は比較的安価で珍しさもあり、他のジャンルでも応用できるのではないかという豚のアキレス腱とスルメイカを使用。さらに、乾物を戻すには水で戻す「水発」と油で戻す「油発」のふたつの方法があることから、その両方を実演した。もともと乾物が好きで、日頃からさまざまな乾物の戻しに挑戦しているという田村さん。その経験と得られたデータをもとに、中国料理ならではの技術を伝承する。

麻布長江 香福筵 田村亮介
Ryosuke Tamura
1977年東京都生まれ。横浜中華街「翠香園」などを経て、四川料理「麻布長江」長坂松夫さんのもと修業。2006年「麻布長江 香福筵」の料理長に就任し、 2009年同店のオーナーシェフに。

失われつつある中国料理の技術を伝えたい

 一品目は豚のアキレス腱を油発で戻して作る「豚のアキレス腱の白湯(パイタン)煮込み」。「油発は中国料理でもあまり行われなくなってきている技術です。時間もかかりますし、その魅力を理解してくださるお客さまも多いわけではありません。しかし、この油発も中国料理の大切な技術のひとつですから、今回ご紹介したいと思います」

 使用するのは豚のアキレス腱。中国料理には豚のほか牛や羊、満漢全席にも登場する高価な鹿のアキレス腱などがあるが、もっとも親しまれ凡用性も高いという豚のアキレス腱の乾物を選んだ。これを常温の油にひと晩浸けて油を染み込ませたあと、ごく弱い火にかけ、絶えず混ぜながら分前後かけて油の温度を徐々に180度にまで上げていく。最後に大さじ杯程度の水を入れて蓋をし、熱した油と水を反応させ爆ぜさせる。この工程でアキレス腱がもとの倍程度にまで膨らみ油発は終了。大切なのは、とにかく焦らず急がず、時間をかけること。急いだり火を強めたりするとアキレス腱が十分に戻らず、硬さが残るという。

 油発の特徴は、乾物が熱した油の中で膨らむことで、繊維の中に気泡ができスポンジ状になること。これを煮込みにすると気泡の中にソースがよく染み込み、味わい深い仕上がりになるのだ。油発で戻したアキレス腱はさらに湯に入れて火にかけ、紹興酒、ショウガ、ネギとともに30分〜1時間ほど煮てやわらかくする。これを最後の仕上げに白湯でさっと煮込んで完成。プリプリとしたなかにもコシのような心地よい歯ごたえがあり、スープのしっかり染み込んだ、乾物ならでは、油発ならではの食感と味わいが楽しめる一品ができ上がった。

麻布長江 香福筵 豚のアキレス腱の白湯煮込み
豚のアキレス腱の白湯煮込み
中国料理でも今では珍しいという「油発」という技術を使った料理。しっかりと染み込んだ白湯の味わいとともに、プリプリとしたなかにもコシのあるような食感を楽しむ。

幅広い技術がある中国料理乾物の調理もまた奥深い

旨味だけではなく乾物ならではの食感も魅力

 二品目は、乾燥スルメイカを使った「宮保鱿魚(ゴンパオヨウユィ)」。日本では炙って食べることの多いスルメイカだが、水発で戻して調理するこの料理は中国では古くから親しまれているのだとか。まず、乾物をやわらかくするというかん水を水に混ぜ、これにスルメイカを浸ける。12時間ほどで取り出し、3〜4時間流水に当ててかん水を抜けば水発は終了。戻したスルメイカはさっと茹でたあと油通しをして、朝天椒(唐辛子)や花椒(四川山椒)などと炒めて仕上げる。この料理では、中国で好まれている「滑(ファ)」や「脆(ツイ)」という、やわらかく歯切れの良い食感を楽しむ。

「もともと乾物は長期保存ができるように生み出されたものですが、決して生鮮の物の代用品ではなく、まったく別の魅力を持つ食材です。ホタテやエビのように旨味を増した乾物もあれば、今回のアキレス腱やスルメイカのように独特の食感を楽しむ乾物もあります。中国料理の乾物の魅力をもっと広く知ってもらいたいですね」と語る田村さん。今回の二品を通して、種類の多さもさることながら、めざす味わいや食感のために長い時間といくつもの工程を重ねて調理する、中国の乾物の奥深さを伝えてくれた。

麻布長江 香福筵 宮保鱿魚(ゴンパオヨウユィ)
宮保鱿魚(ゴンパオヨウユィ
スルメイカの乾物を水で戻して炒めるという、日本ではあまり馴染みがないが中国では古くから親しまれている料理。やわらかく歯切れのよい、生のイカにはない食感。)
麻布長江 香福筵

麻布長江 香福筵
東京都港区西麻布1-13-14
03-3796-7835
● 11:30~14:30LO(土日祝は12:00~) 18:00~22:00LO
● 月休
● コース 昼3800円~、夜7000円~
● 44席
www.azabuchoko.jp


河﨑志乃=取材、文 今清水隆宏、土岐節子=撮影
text by Shino Kawasaki photos by Takahiro Imashimizu , Setsuko Doki


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