「ノーマ」が惚れ込んだ男『ル・シュクレール』岩永歩さん


ブーランジェは、テーブルの上を想いパンを焼く

岩永歩さん ル・シュクレクール

レストランのパンをつくるのは、テーブルに載る責任を担うこと

20代で初めてレストランで仕事をした時、料理人の意識の高さを知った。米田肇シェフ(現「ハジメ」オーナーシェフ)との出会いもあった。料理人によって、自分の引き出しが空に近いことを知った。「パン職人だからパンしか知らない、でいいわけがない」。料理人と働くのであれば、店全体の空気感を知ることが何より重要だ。どんな空間にどんな時間が流れ、そのテーブルでパンはどのように存在するのか。フランスで修業するパン職人はいても、レストランやビストロの空気や料理の感じ、パンの在りようを知るパン職人は少ない。パンに料理が付随していることを、フランスのブーランジェは子供の頃から身体で知っている。ゆえにどんな料理もパンに合い、どんなパンも料理に合う。日本にはそのベースがなかった。だからどうしてもパンのためにパンをつくるようになってしまう。

その後、岩永さんは国内外のレストランに足を運び、引き出しの中身を充実させていく。パリで修業した時には、エリック・カイザーがアラン・デュカスと仕事をするのを見ていた。岩永さんは今、ミシュランの星を持つプレステージの高い料理人たちと、岸部でコラボする。

看板商品の「パン グロ ラミジャン」を使ったホットサンドの他、焼きたてのパン各種が楽しめる。

ル・シュクレクールのホームページには数10軒のレストランのリストが掲載されている。そこには「卸先」ではなく「コラボレーション」とある。岩永さんには卸のビジネスをするつもりはない。

最近のガストロノミーレストランは、数種類のプチパンよりも単一のパンをスライスして出す傾向にある。ラ・ボンヌ・ターブルのパンは、東京への配送時の劣化を防ぐために熟成、発酵時間をたっぷりとって大きく焼く。一方ノーマ東京では熟成後、発酵時間をとらないで焼き上げる。ごく薄くスライスして、カナッペとして供するので、ボリュームも気泡もおさえてある。「静かなパン」だという。

「素晴しい料理人たちに選ばれたことに感謝しています。パン屋だけやっていても気が付かなかった世界を知ることができたから」。ブーランジェはパンだけの仕事ではない。料理やワイン、さまざまな食材知識があって成立する仕事だ。パンは中継装置となって町の人々の食生活を豊かにする。昨年10周年を迎えてリニューアルしたル・シュクレクールには大きなテーブルが設置された。それはパンをとりまく食を愉しむ場。ブーランジェというスペシャリストが薦める食への入り口である。

ラ・ボンヌ・ターブルのパン

LA BONNE TABLE

大阪東京間を旅する、小さなテーブルほどのサイズのパン。

生江史伸シェフ(ラ・ボンヌ・ターブル)の要望イメージはSFのタルティーンベーカリーのパン。焼きこまれたクラストにみずみずしく味わい深いクラムが包まれている。

ノーマ(マンダリン・オリエンタル)のパン

noma (Mandarin Oriental, Tokyo)

シンプルで広々とした店内。キッチンはオープンで、客の目がすぐそこにあるが、スッキリときれいに磨かれていて気持ちがよい空間だ。

世界一のレストランに選ばれた、薄くして供する「静かなパン」。

2014年、「The World’s 50 Best Restaurants」で1位に選ばれたノーマでこのパンは、北欧文化であるカナッペの再構築のような形で、半冷凍したものを薄く切って提供される。薄くても、味が濃いからもとのパンの姿を連想できるはず。

Ayumu Iwanaga
1974年生まれ。大阪、神戸のベーカリーやレストランで修業し、エリック・カイザーとの出会いから2002年にフランスへ。2004年に大阪・吹田に「ブーランジュリ ル・シュクレクール」を開業。

ル・シュクレクール
Le Sucre-Coeur
大阪府吹田市岸部北5-20-3
06-6384-7901
www.lesucrecoeur.com

清水美穂子=取材、文 星野泰孝、村川荘兵衛=撮影

本記事は雑誌料理王国2015年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2015年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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