来日して50年!フランス人の巨匠が抱える現代フレンチに対する危機感


熱いものは熱く 
フランス料理の重鎮が大事にする温度

アンドレ・パッションさん レストラン・パッション

フランス人の巨匠が抱える現代フレンチに対する危機感

来日して約50年。本格的なフレンチレストランを開業し、数多くの料理人を育てるなど、日本におけるフランス料理の発展に多大なる貢献をしてきたアンドレ・パッションさん。74歳という年齢になりながらも、今なお現場に立ち、料理に情熱を注ぎ続けるフランス人の巨匠が料理の温度で大事にしていることは、実にシンプル。「温かい料理は絶対、熱々で出す。ただそれだけです」アンドレさんは、料理の基本ともいえる当たり前のことを、毎日、店のスタッフに注意し続けているそう。口に出して繰り返し伝えるのには理由がある。「料理は口に入れたときにおいしいと感じることが一番です。そのために温度はとても重要。なのに今のフランス料理は盛り付けに凝りすぎて、ぬるい料理が多くなってきています」。見た目を優先するあまり、温度がないがしろにされることが多い、と訴えるアンドレさん。

「熱くあるべき料理が熱々ではないのが問題なのです。昔と比べて、お客さまも見た目の綺麗な料理をより評価する傾向にありますね。冷前菜やデザートはそれでもいいのですが、魚や肉料理はそれではだめ。メインディッシュはお皿も熱々、料理も熱々なのが一番おいしい。盛り付けに時間をかけすぎて、冷めてしまっては元も子もありません」

味わいよりも見た目を重視する傾向は最近のフランスでも見られるが、日本では特に顕著だという。けれど、アンドレさんが考える本当のフランス料理はそうではない。「日本人だってラーメンや鍋料理は、熱々を『ふーふー』ってしながら食べたいと思うでしょ。フランス料理におけるメインディッシュもそれと同じです」

カスレ
「レストラン・パッション」のスペシャリテとしてあまりに有名なラングドック地方の郷土料理。鴨の脂を多く使い、器ごとオーブンに入れて、そのまま提供するので、温度が冷めにくい。
16歳で修業を開始し、74歳になった現在も厨房に立つ。仕事が好きだから労働時間の長さは問題ないという。「今はすべての料理を作るわけではないけれど、私がいることで、厨房に緊張感が生まれるからね」とアンドレさん。

熱々を食べてほしいからこそ周囲に求めること

温度に対するこだわりは、料理の提供の仕方にも表れる。「レストラン・パッション」のサービスは、お客さまの前で、鴨や仔牛のローストを切り分けることも。アンドレさんが「フレンチレストランのサービスはエレガントで楽しくあってほしい」との思いでデクパージュを大事にしているからだ。そのためにメートル・ドテルに求められる水準は高い。「毎日練習しています。客席でデクパージュしていると、シェフが見に来て、『速く速く』というプレッシャーをかけられることも(笑)」(サービスの岡部さん)。

店のスペシャリテである「カスレ」の提供にも細やかな配慮がある。「カスレ」は熱々であることが生命線の料理。一度オーブンで焼き、冷ましてから冷蔵庫で寝かせて味をなじませ、提供直前に再度オーブンで温める。熱々の状態でサーブするのだが、最初に食べやすい量を器に盛り、残りは暖炉の横で保温。タイミングを見計らって残りをサーブと、つねに熱々を食べてもらえるよう徹底した温度管理がなされているのだ。

多くのフレンチレストランがオープンし、日本人がフランス料理を食べに行くことが普通になった昨今、食べ手側の意識も変わる必要があるとアンドレさんは言う。「料理が運ばれても、話に夢中でなかなか食べない。食事中にスマホをいじる……といった若い方が最近多いのは残念なことですね。店側がいくら熱々を提供したいと努力をしても、お客さまがそれを受け入れようとしないとその努力は無駄になってしまいます」

成熟した食べ手の意識と店側の努力。双方が揃って初めて、おいしい料理が成り立つのである。

鴨のコンフィ、サルラ風じゃがいものソテー
鴨のコンフィにパセリ、ニンニクでソテーしジャガイモを添えたひと皿。ジャガイモは鴨の油で揚げており、コクがあるのが特徴。熱々で提供することで、皮のパリッと感が際立つ料理だ。

温度のポイント 【外国人シェフ編】

  1. メインディッシュはお皿も肉も熱々で提供する
  2. 料理を思い通りの温度で出すにはサービスのスキルと連携が必要
  3. 食べ手の意識やマナーが成熟してこそ、「おいしい温度」は成り立つ
皿を温めるウォーマーは90℃に設定されており、ほかのレストランより温度が高め。「フランス人のお客さまは、まずお皿を触ります。お皿が熱ければ合格。料理が熱ければもっとOKです」とアンドレさん。

André Pachon
1944年フランス・モンペリエ生まれ。フランス国内のレストラン修業後、カナダへ。モントリオールのホテルで働く。1970年の大阪万博をきっかけに来日。六本木の名店「イル・ド・フランス」のシェフを務めたのち、1984年代官山に「レストラン・パッション」をオープン。以後、オーナーシェフとして数々のレストランを開店。

レストラン・パッション
Restaurant PACHON
東京都渋谷区猿楽町29-18ヒルサイドテラスB棟1号
03-3476-5025
● 11:30~13:30LO、18:00~21:00LO
● 不定休
● 40席
www.pachon.co.jp


斉田麻理子=取材、文 土岐節子=撮影

本記事は雑誌料理王国2019年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2019年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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