南イタリアの旨さを支える郷土の力 「ブラチョーレ ディ カヴァロ」 小池教之 13年5月号


スパゲティやピッツァ、豊富な魚介類をトマトやオリーブオイルと合わせたアクアパッツァをはじめ、南イタリア発祥の料理は数多い。各村には、日本でまだ知られていない料理も多いといわれる。そんな本場の料理を現地で学んできたシェフたち。料理のテクニックやポイント、日本の食材をどう活かすかなど、日々新たな試みに挑戦するシェフたちに、南イタリアの料理について聞いた。

時代の変化は料理の世界とも無関係ではない。イタリア料理においても、ゲストのニーズに応じて「軽さ」が重視され、最先端を走るシェフたちはフレンチさながらのひと皿を生み出していく。しかし、「インカント」のシェフ、小池教之さんが見つめているのは現代という時代だけではない。郷土料理が誕生し、育まれてきた時代、そして、未来までも視野に入れて、伝統の味と対峙している。

古にタイムスリップする感覚で郷土料理を再現する

大学卒業後、料理人としては遅いスタートを切ったため、渡伊したのも30歳を過ぎていた。しかし、幼い頃から西洋史が好きだったこともあり、イタリアでは人の何倍ものスピードで知識や技術を吸収して、全土を巡った。修業期間は3年に満たないが、その間の旅行などを含めると20州を3周した計算になる。「それまで蓄積してきたエネルギーが、一気に噴出した感じだった」と笑う。

帰国後もイタリアの古書を紐解いては学び、研究する毎日。北から南まで20州の郷土の味を把握していて、州名を上げただけで、その地方の料理を作れるシェフは多くはないだろう。「なぜか昔からイタリアは特別な存在でした。西洋史を学んでいた頃も、僕にとってはイタリアが世界の中心でした」と振り返る。

そんな小池さんと他のシェフとの決定的な違いがひとつある。どんなにすぐれた食材に出会ったとしても、それが「イタリア料理」とそぐわなければ使わないということだ。小池さんの場合は、最初に郷土料理ありき、なのだ。作りたいと思う料理については、それが誕生した風土や時代背景を調べ、これらを考慮した上で、素材選びに入る。
「日本にもすぐれた食材は多く、また、イタリアの食材だけで作り上げるには限界があるから、当然、食材選びはします。しかし、食材への興味より、料理のもつイメージを優先させたいと思っています」

良質な食材も、料理のイメージと合ってこそ、そのよさが生かされるというわけだ。

「微調整」「化粧」の意識が伝統を未来へつなぐカギ

伝統を重んじる小池さんは、忘れられつつある料理に対しても敬意を払い、自分流の解釈を押し付けたりはしない。だが、新しい発想をまったく取り入れないわけではない。それをシェフ流に言えば、「微調整」とか「化粧」という言葉になる。「化粧は土台となる肌がしっかりとしていないとのりませんね。だから、長年守られてきた土台を鍛えます」。ただし、現代人の口に合わない部分や、「らしさ」を強調するために、多少の手を加えることはあるのだ。

たとえば、プーリア州の郷土料理として作り方を公開してくれた「ブラチョーレ」は、馬肉をトマトソースで煮込む料理だが、昔ながらの調理法のまま煮込むと、馬肉の脂が抜けてパサパサになってしまう。現地では、今でもその調理法を貫いているのだが、少し手順を変えるだけで、見た目には変わらないが、ワンランク上の「ブラチョーレ」ができると考えた。

ポイントは、馬肉と煮込みのソースを別々に仕上げる点にある。馬肉は煮込まずにじっくりローストしてジューシーに仕上げ、これに、馬肉をそうじした際に出る端肉や、脂部分をトマトソースで煮込こんだものを合わせるのだ。すると、ソースには馬肉の旨味がしっかりと移っているが、メインの馬肉はやわらかいままの「ブラチョーレ」になる。

郷土の味を尊重したいとの思いから、「伝統」と「旨さ」の狭間で揺れ動くこともあるが、未来につなぐためには、「伝統は常に磨きこんでいかないと」と言う。これもひとつの「進化」といえるだろう。

ブラチョーレ ディ カヴァッロ

馬肉をトマトソースで煮込み、パスタと合わせる料理。ひと皿の中にプリモピアット(パスタ、リゾットやスープなど)とセコンドピアット (メイン料理)を一緒に盛るピアットウニコで。

①薄く切り開き叩き伸ばした肉でチーズなどを巻く
肉にラップをのせ、その上から叩いて伸ばしたら、棒状に切ったカチョカバロ、パセリを置き、塩、トウガラシ、ペコリーノチーズをふって巻き込む。巻いた肉は、タコ糸で縛って形を整える。

②表面を強火で焼いた後ホイルに包む
関節熱を利用して肉の中まで火を通し、しっとりとした仕上がりをめざす。そのため火からおろしたらホイルに包み、温かい場所で休ませる。火が通ったらタコ糸を外す。

③トマトソースを馬肉にからませる
馬肉の端肉などを入れて煮込んだトマトソースで肉を加熱。火を入れすぎないように注意。

④手打ちパスタをソースで和える
肉を取り出し、ゆでたパスタをソースにからめる。適当な大きさに馬肉を切り、パスタと盛り付ける。

サシの入っているハラミを使ってよりジューシーに仕上げました
イタリアではふつうサシの入っていない部位を使いますが、サシが入っている馬肉だとやわらかな食感に仕上がります。馬肉は熊本産や会津産を使用。馬肉の代わりに牛肉を使うこともあります

Noriyuki Koike
1972年、埼玉県生まれ。麻布十番「ラ・コメータ」や恵比寿「パルテリペ」など、都内のレストランを経て、2003年に渡伊。ピエモンテ、シチリア、カンパーニャなど、計7軒で修業を積む。07年、「インカント」のシェフに就任。

インカント
incanto
東京都港区南麻布4-12-2 ピュアーレ広尾2F
03-3473-0567
18:00~22:00LO(土、祝21:30LO) 22:00~24:00LO(オステリアタイム 土、祝21:30~23:00LO)
● 日、第1月休
● 26席
http://incanto.jp

上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影

本記事は雑誌料理王国第225号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第225号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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