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【芸術家たちの食卓】ポール・セザンヌの「じゃがいものソテー」


「近代絵画の先駆者」として、ピカソなど20世紀のアーティストたちに多大な影響を与えたセザンヌ。故郷の山、サント・ヴィクトワール山を描いた代表作が有名だが、リンゴやジャガイモなどの身近な素材も描いている。

ポール・セザンヌのジャガイモのソテー

1839年、ポール・セザンヌは裕福な家庭の長男として、南仏のエクス=アン=プロヴァンスに生まれた。のちに自らの銀行まで設立した父の希望もあってエクス大学法学部に入学するが、幼い頃からの絵画への興味を断ち切ることができず、1861年にパリに出て絵の勉強を始める。この時、画家になることを強くすすめたのは、のちに自然主義文学の作家となるエミール・ゾラであった。セザンヌとゾラは同じ中学校に通っていた。学校でのけ者にされていた後輩のゾラにセザンヌは親しく接し、級友の反感を買う。そんなことにまったく構わなかったセザンヌにゾラは感謝の気持ちを込めて、一かごのリンゴを贈った。それ以降、19世紀を代表する画家と作家の深い友情が始まった。

セザンヌはリンゴを描いたことでもよく知られている。この画家は、視界にパッと入ってくるリンゴをそのまま描かず、この果物自体が持っている特徴を表現しようと腐心した。「ラム酒の瓶のある静物」(写真上)でも、果物の形や色が、本物そっくりというよりも、鮮やかな色彩と大まかな筆づかいで構成的に描かれている。緑や赤などの色彩と白いクロスとのコントラストがいきいきとした表情を醸し出し、ラム酒の瓶がすっと立っていることで画中に高さを感じさせている。平面的でシンプルな手法しか用いられていないが、果物の実在感や空間がこの絵には込められている。セザンヌが受けた「一問一答」の記録が残っている。「好きな色は?」「色の調和全般」、「好きな動物は?」「……」(無回答)といった具合で、気の向かないことには答えていないところも、気難しいと伝えられるセザンヌらしい。だが、「好きな食べ物は?」という質問には「ジャガイモのソテー」と即答している。裕福な家で育ったセザンヌにしては、素朴な好みという印象を受けるが、この画家らしい答えだと納得できる。彼が生涯取り組み続けた新しい絵画表現の可能性は、身近なモチーフである山や、少年時代の思い出を伴うリンゴといったものに突きつめられた。好物もあくまでシンプルな料理。南仏で収穫されたジャガイモは、地元の新鮮なオリーブオイルでじんわりと炒める。このあたりは味わい深い塩にも恵まれているが、それを軽くふって、香り付けにバターをからませる。素朴だが太陽と土に恵まれたこの地のご馳走だ。

セザンヌの画には余分な装飾はなかった。その独自の画風は、その後、多くの芸術家に影響を与えるが、画家が求めたものは素朴さの中に秘められた輝きだったのかもしれない。

ポール・セザンヌ
「ラム酒の瓶のある静物」
1890年頃 油彩/カンヴァス 54.2 × 65.7㎝
ポーラ美術館所蔵

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【レシピ】ポール・セザンヌのジャガイモのソテー

自然の模倣や再現から離れ、独自の絵画様式を探求した画家の好物は、素朴な料理だった。好物のジャガイモのソテーには、香ばしく焼いたソーセージとラム酒が添えられていたにちがいない。ちなみに、右ページの作品中のラム酒は、ジャマイカ・ラム古酒「W-TOMSK キングストンインレジステッド」。これも画家の好物だったのかは定かではない。

材料(2人分)

ジャガイモ(中)…4個
ソーセージ(大きめのもの)…1本オリーブオイル…大さじ2
バター…大さじ2
塩、コショウ…各適量

作り方

1. ジャガイモの皮をむき、約5ミリ厚さにスライスし、水にさらす。
2. 鍋に湯を沸かし、1を入れ、5分間ほどゆでる。
3. フライパンにオリーブオイルを熱して、水気をきった2を入れて5分間ほど炒める。
4. 3にバターを加えて軽く炒め、塩、コショウで味をととのえる。
5. ソーセージをゆで、4のジャガイモとともに器に盛る。

ポール・セザンヌ
Paul Cézanne 1839-1906
フランスの画家。モネやルノワールらとともに印象派のグループの一員として活動した後、1880年代からグループを離れ伝統的な絵画表現にとらわれない独自の様式を探求した。ピカソなどキュビスムをはじめとする20世紀の美術に多大な影響を与え「近代絵画の父」とされる。


文・料理 林 綾野
キュレーター。美術館における展覧会の企画、美術書の執筆、編集に携わる。企画した展覧会に「パウル・クレー線と色彩展」など。『ゴッホ旅とレシピ』『モネ庭とレシピ』、近著に『フェルメールの食卓』(すべて講談社刊)。

北村美香・構成 竹内章雄・写真(料理)

本記事は雑誌料理王国2010年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2010年9月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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