食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

成田一世流!食の未来を見据えたクリエイターをめざそう


考えに考え、悩み抜いた時にはじめて
人々を喜ばせるおいしさにたどりつく。

情報化社会を生きる私たちのもとには、日々あらゆる情報が飛び込んでくる。政治・経済、事件からエンターテイメントまで内容は多岐にわたり、当然ながら、これまで幾度となく書いてきた「おいしさ」や「クリエーション」に関する情報も例外ではない。一体何がリアルで、何がフェイクなのか――。今回が連載の最終回ということもあり、おいしさやクリエーションについては、今一度、「判断を誤るな」という意味で強調しておきたい。というのも、若い料理人の中には情報に惑わされて、進むべき方向を間違えている人が少なくないように思えるからだ。

 
情報に流されないためには、常に原点に戻って物事を考える習慣をつけておくことだ。たとえば「料理の起源」。人間が料理をするようになったのは、食糧が足りなかったからだろうと思う。野山に自生している植物の中には、茎や根、新芽や種子などに強い酸味や苦味があったり、硬かったり、とげが生えていたり毒を持つものもある。いずれも動物から身を守るために不可欠な要素だが、実だけは例外で、動物においしく食べてもらって種を運んでもらう仕組みになっている。
 
しかし、人類は命をつなぐために、実はもちろん茎や根や芽なども食べる必要があった。そこで料理する知恵が生まれ、保存のための発酵法も工夫されたのだろう。知恵を結集させ、それを伝えることが料理の技を発展させ、おいしさの追求へとつながっていくのだ。私はおいしさについて考える際、常にそこに立ち返って考えるようにしている。そこから見えてくる、本来必要とされていた料理法や味を考えることなしに、新しいおいしさを見つけることは不可能と思うからだ。

この間、フランスに行った時、クリエーションのヒントとなる言葉を思い出した。「リベルテ(自由)、エガリテ(平等)、フラテルニテ(友愛)」。お客さまが、今何を自由と思い、何を平等だと考え、そして何を友愛と感じているのか――。この感覚は時代ごとに変化しており、料理人としてそれを考えることが、お客さまを楽しませることにつながっているのではないかと思う。料理にはお客さまの自由を妨げない選択、誰にも平等な値段、食べ手と作り手の友愛(信頼)が欠かせないということだ。
 
さらにこの3要素を意識すると、自分がめざす味や栄養のバランスはもちろん、自然破壊などへの問題意識もクリアになってくる。色や味やテクスチャーのバランス、店のしつらえ、そういった部分でお客さまに心地よさを提供するだけでなく、食材や労働の無駄を取り払い、合理的かつ自由に味を作り上げていくこともクリエーションの条件だと思う。そこまで考えてはじめて、おいしさや楽しさ、
美しさに配慮したトータルなおもてなしといえるのではないだろうか。
 
サスティナビリティという気付きもあるが、これからはサスティナビリティだけでは不十分。肉が足りない、魚が足りない、野菜が足りないという問題のほかに、環境ホルモンや遺伝子操作の問題などもどんどん深刻化していくと予想されるからだ。そんな時代だからこそ、自分というものをしっかりと持って、本質を見極めたもの作りをしていきたいものだ。
 
成田流のおいしさの創り出し方はどうかというと、たとえば、その季節にそこでしか育たないものを探して、同じ季節に同じ土地でとれたものと組み合わせる方法がある。「旬の食材を組み合わせる」ということだが、これだけ流通が発達した現代では、同じ時期に地球の裏側で育つ食材まで入手することができる。その意味では、さまざまな旬を自在にアレンジできる時代になったのだ。そこに自分の経験や記憶の引き出しの中から取り出した、アクセントになるスパイスやハーブで味や香りを付け加える。そこまでできれば、あとは抑揚を整えれば完成だ。
 
私のいう抑揚とは、味の強弱であったり、温度差であったり、テクスチャーの違いを意味する。味の違いだけではゲストを飽きさせてしまうこともあるので、温度差、色彩やテクスチャーの違いによって強弱をつけてバリエーションを生み出す。
 
もちろん簡単にはいかない。「何が味のベースになればよいのか」「何をひかえて何を強調すべきか」「味、香り、テクスチャー、温度のバランスはとれているか」「アクセントは効いているか」「トータルに見て完成度はどうか」など、チェックすべきことは無限にある。
 
私がそうであるように、ものすごく考えて悩むことになるだろう。しかし、日々考え続けていれば答えは得られるはずだ。上手に調理できなくてつまずくことも多いが、理由を考えて努力すれば、必ずできるようになる。成田流にいえば、考えることがクリエーションのスタートなのだ。たくさん考えて、悩んで、トレーニングをした結果、何かが変わって成長していく。また、料理だけでなく、音楽、アート、フラワーアレンジメントやファッションなど、他の分野の幅広い情報や知識を求めることも必要だ。
 
以前にも書いたが、大勢のお客さまが世界中を食べ歩くようになった昨今、その嗜好は多種多様で、これまでにないような新しいクリエーションで勝負する以外、料理人として生きる道はないといえる。単に国内外の学校で学んだとか、外国語が話せるとか、高いスキルを持つ著名シェフから学んだというだけでは、成功には近づけないのだ。
 
まず、「シンプルなものをベストの状態で提供する」ことから始めてみよう。それを重ねていくと、複数をパーフェクトに作りながらバランスを取り、「料理全体の味や構成もパーフェクト」という次のステージに進める。ひと皿ひと皿がおいしいのは当たり前。いくつ重ねても、どう食べ合わせてもおいしいことが重要なのだ。それをビジネスとつなげながら、知性を感じさせる、芸術性豊かなクリエイティビティに到達できれば、世界で勝負できるのではないか。
 
なぜ、それほどまでに創造性が必要かというと、自分にクリエイティビティがなければ、食べ手の価値観に振り回されることになるからだ。しかも、たとえイニシアチブを握ったとしても、油断すればそれはすぐに食べ手側に移ってしまう。クリエイターとして生き抜くには、イニシアチブを取り続け、プライオリティを保ち続けなければならない。
 
そのために何をすべきかといえば、やはり考え、悩むことに尽きる。悩みをネガティブではなく、ポジティブに捉えることも大切だ。考えることでしか知性は身につかない。知性を感じさせるクリエーションをしてほしい。私はよく「考えすぎ」と言われるが、考えることに「すぎるなんてことがあるものか」と思っている。「考えすぎ」と言われるほどに考えた者にしか、食の未来は拓けないと信じ
ている。これこそが、若い人たちにもっとも伝えたいメッセージだ。

N A R I TA W O R D

知性
エスプリを感じさせるようなおいしさ。アディクト(中毒)とは区別して、アディクトのほうはコントロールしたい。
芸術性
現在、料理の評価のひとつとされる「コストパフォーマンス」を超越するもの。

2017年2月にタイ・バンコクで開催された「アジアのベストレストラン50」で「アジアのベストパティシエ賞」受賞。

『ゴ・エ・ミヨ 東京・北陸・瀬戸内2018』において「ベストパティシエ賞」を獲得。「今年のシェフ賞」に選ばれた「エスキス」のシェフ、リオネル・ベカ氏(右)、シェフソムリエの若林英司氏(左)とともに。

KAZUTOSHI NARITA
1967年、青森県生まれ。高校時代はスキー部とボート部で活躍するスポーツ少年だったが、卒業後はシェフパティシエの道へ。1999年に渡仏。一ツ星店「ステラ・マリス」、三ツ星店「エノテカ・ピンキオーリ」「ピエール・エルメ・パリ」などの名店で腕を磨く。NYの「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」時代の2007年に、パンとデザート部門でBest of New York に選ばれる。17年には、「アジアのベストレストラン50」の「アジアのベストパティシエ賞」を獲得。現在、「エスキス」「アジル」「エスキス サンク」のシェフパティシエとして活躍中。

ESqUISSE CINq
エスキス サンク

東京都中央区銀座5-2-1 東急プラザ銀座4F
☎03-5537-7477
●11:00~21:00(20:15LO)
●不定休
●ミニマムチャージ1人2000円
●18席
www.esquissecinq.com

本記事は雑誌料理王国288号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は288号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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