「自由水」を減らして繁殖を防ぐ!菌を繁殖させない抗菌方法


タラは25%の塩で漬けて熟成。冬場に半年分つくって保存する

塩蔵で自由水を調整する
クリスチアノのオーナーシェフ 佐藤幸二さん

ポルトガル料理の「クリスチアノ」では、開店当初から同国料理に欠かせないバカリャウ(干しダラ)を自分たちでつくっている。「本場のバカリャウは意外と高く、ウチのような客単価4500円ほどの店では購入は難しい。だったら自分たちでつくろうと思ったのがそもそもの始まりでした」とオーナーシェフの佐藤幸二さんは言う。

約1カ月で完成するバカリャウ表面のブルームが旨さの証


作り方は、基本的に独学。現在は、タラのほかにイワシやマグロ、サバなども自分たちで塩漬けする。塩の量は左の表の通り。イワシは塩漬けしたのち、オイルに漬けてアンチョビに、マグロは生ハムにする。サバの塩漬けは、系列のタイ料理店用だ。

タラは塩蔵・熟成後に戻したほうが美味。対してイワシなどは生に近いほうがおいしいので、塩は少なめ。

バカリャウは、塩漬けにして寝かせて水分を抜き、細菌が繁殖しないようにする。その後、湿度の高い場所で2週間ほどたて干ししたら、2週間ほど外干しをする。ブルームと呼ばれる白い粉が表面に出てきたら完成だ。ブルームこそがタラのうま味成分で、これがたっぷり吹いたバカリャウは旨い。

「タラは冬場にしか出回らないので、バカリャウは冬場に作り置きしています。夏用に60本ほどつくって、室温13度に保った冷蔵室で保存します。保存性は高いですが、酸化して劣化しますから、ウチでは半年くらいしか保存はしません」

 塩分濃度が25%あるバカリャウについては、食中毒などの心配はほとんどしたことがない、と佐藤さん。細菌が繁殖できるほど自由水は残っていないし、塩自体にも細菌の生育を阻止する力があるからだ。

「ただ、塩分濃度が7%以下になってくると、製造時期や保存期間は気にするようになります」

 とくにサバはアニサキスが心配。「アニサキスの分泌液でも、体調が悪いと急性のアレルギー反応アナフィラキシーを起こす場合もありますから怖いです。だから、イワシやマグロ、サバの塩漬けは、寒いときしか行いませんし、長期間保存することもありません」

「僕のなかでは、レストランというより気軽な居酒屋の感覚です」と話す佐藤さんの言葉通り、「クリスチアノ」は気軽に足を運べる価格設定や、カジュアルな雰囲気で人気の高い店だ。

魚の塩蔵
種類塩分濃度特徴
タラ25%保存性は比較的高い
イワシ6.5~7%保存性はやや低い
マグロ
サバ
5.5~6%回虫にも注意が必要
※クリスチアノの場合
戻してほぐしたバカリャウは、ふっくらしていて、ほんのりと塩味を感じる程度。

手軽さの裏には知恵とアイディアがある


 希少性を高めて客単価を上げる方法もあるが、「ウチは、ちょっと珍しいポルトガル料理を、気軽に楽しんでいただける店にしたかったんです」と佐藤さんは話す。そのため、店で出すのはスタッフの誰もがつくれる料理が基本。難しいことはしない。実際、今回つくってくれた「バカリャウアブラス」も、フライパンに材料を入れてサッと炒めたら完成だ。

「基本、味付けはバカリャウの塩味だけで十分ですから」

 確かに、食べてみるとバカリャウの塩味が優しく全体を包み込んで、ついつい箸が進んでしまう。細く切ったジャガイモを揚げてあるところも、味わいに奥行きを与えている。

「ウチにはバカリャウを戻す天才がいるからね」と佐藤さん。確かに、塩をたっぷり含んだバカリャウを、ちょうど良い味に戻すのは職人技だ。味を見ながら、時間をかけて丁寧に戻していく。しかし、ここをきちんと押さえておけば、基本的に「料理人1年生」でも及第点のバカリャウ料理をつくることができる、ということなのだ。

 また、タラを塩蔵したときに出る塩水を温め、水分を蒸発させて「バカリャウ塩」もつくっている。バカリャウのうま味をたっぷり吸い込んだ塩は、クリスチアノの味付けの秘密兵器だ。

 水分を調節して日持ちするバカリャウをつくり、食べる段階で水分を戻して塩味とうま味のつまったバカリャウの身にする。佐藤さんたちは、食物に含まれる自由水を経験的に知っていて、自在に使いこなしながら豊かな味わいを生み出しているのだろう。

バカリャウ・ア・ブラス
誰でもつくれる手軽さがウチの基本

オリーブオイルとスープとニンニクを一緒に入れ、さらにバカリャウを入れて軽く火を通す。ニンニクに火を通し過ぎないのがコツ。
麺のように細長く切って一度揚げたジャガイモを投入する。バカリャウもジャガイモも一度火を通しているので、火を通し過ぎない。
全卵を投入したら一気に混ぜ合わせて、卵を全体にからめる。時間をかけずに、手早くするのがポイント。
バカリャウ・ア・ブラス
ポルトガル風バカリャウとジャガイモの卵とじ。最後に少しマッサデピメンタオンをかけるだけで、味付けはバカリャウの塩味だけ。濃厚なニンニクの香りが食欲をそそる。

自家製調味料
佐藤さんの人一倍の探究心と豊かな発想力が生んだ調味料

「クリスチアノ」の味わいのベースとなっているのが、自家製の調味料だ。いずれも添加物も保存料も一切使っていない自然派。ナチュラルな風味が料理の旨さを引き立てる。

バカリャウ塩
バカリャウづくりの途中でできる塩水から生まれた、バカリャウのうま味たっぷりの塩。タラを塩漬けするときの塩分濃度は15%ほどで十分だが、クリスチアノではこの塩をつくりたいために25%にしている。
マッサデピメンタオン
ポルトガルの定番調味料で、塩漬けしたパプリカのペースト。爽やかな塩味が口中に広がる。
Koji Sato
1974年埼玉県生まれ。全日空ホテルに勤務したのち、20歳でイタリアへ渡る。イタリア、フランス、イギリス、タイで、料理の仕事をしながら海外生活を経験。2010年に 「クリスチアノ」を開く。現在は 「マル・デ・クリスチアノ」 「ナタ・デ・クリスチアノ」 など6店舗を展開する。

Cristiano’s
クリスチアノ
東京都渋谷区富ヶ谷1-51-10
03-5790-0909
● 18:00~24:00(23:00LO)
● 月休
● 38席
www.cristianos.jp

小田急線の代々木八幡駅から歩いて3分足らず。飲食店が並ぶ路地の一角にあるクリスチアノの店内は、ポルトガルのかわいらしい小物が並ぶカジュアルな空間。


山内章子=取材、文 依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国第285号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第285号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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