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三代目浜作主人のお気に入り 夏はお茶漬け


テレビが白黒からカラーへと変わる頃、ちょうど私が小学生の時、毎週視聴率20〜30%という驚異的な数字を獲る「ありがとう」や「肝っ玉母さん」、「時間ですよ」などのいわゆるホームドラマが数多く放送されておりました。

 その舞台のほとんどが東京でございました。必ずと言ってよいほど家族で食卓を囲む場面があり、山の手の場合はダイニングテーブルに椅子、下町の場合は畳に卓袱台とお座布団というように誠に分かりやすい状況設定は、ドラマのその家庭のもつ雰囲気を視聴者に理解させるには大変説得力のあるものでございました。

 例えば、朝ごはんの場面はお母さんの役割で、大根か、お葱などのお味噌汁の具をトントンと包丁で刻んでいる姿がイメージされます。一方お父さんは、会社帰りに一杯飲んでほろ酔い気分での帰宅後、残った冷ご飯にお茶をかけてのお茶漬けをサラサラとかき込むといったところでございましょうか。

 しかしながら実際は、関西、特に京大阪では朝ごはんにお味噌汁はあまり出てまいりません。その代わり、ご飯の相手はお漬物が不可欠となります。そうなるとお汁気がございませんので、熱いお茶をかけてのお茶漬けでご飯粒をさらえて、「ごちそうさまでした」と言うところがスタンダードでございましょうか。

 近頃では東京でも京漬物がデパートに行けば手軽に手に入れることができるようになりました。昔はほとんどが自家製でございますから、毎日糠床を最上の状態にしておくには細心の注意と手間が必要でございました。故にお漬物が揃わない時も間々ございます。そういうときには塩昆布や佃煮が大活躍いたします。

 京・縄手三条下ルの「かね庄」さんのお茶漬けうなぎは、その中でも京名物の一つに数えられる上等の逸品であります。副菜というよりは立派な御馳走となるべき堂々たる存在感でございます。

 誠に手前味噌な話で恐縮ではありますが、拙店の創業以来、数々のお客様にご愛顧いただいた夏の名物に「鰯の印籠煮」がございます。冷蔵庫など保存技術が発達する以前、また宅急便などの輸送手段も整わない頃に、酷暑の中でも一年以上日持ちがし、あたかも旅道中における印籠のように持ち運びができるため、「印籠煮」と谷崎潤一郎先生に命名を賜ったものでございます。

昭和二年の創業間もなく初代主人が苦心の末に考案したもので、食欲が急激に減退する京の厳しい夏に最適の、極辛口のお味付けでございます。これまた京名物の、「村山」さんの「千鳥酢」で全く脂の乗っていないマイワシを6時間ほど骨の無くなるまでしっかりと炊き込み、一度そのお酢を全部捨ててしまいます。その後、濃い口醤油だけで鍋に一滴もお汁が残らなくなるまで煮詰めます。こうすることによりイワシ独特の生臭みは消え去り、ほのかな酸味と風味はそのままに、あつご飯やお茶漬けにぴったりの「印籠煮」が出来上がります。

 この「印籠煮」は五月、六月と毎日鍋を炊き上げますが、拙店のご近所、八坂神社の鳥居を過ぎるぐらいからこの「千鳥酢」が煮詰まった独特の香りが漂い、「ああ、今年も浜作さんが鰯を炊いてはるなぁ」と囁かれる季節となります。

かね正
KANESHO

京都市東山区大和大路通四条上ル2丁目常盤町155-2
075-532-5830
● 11:30~14:00、17:30~21:30
※ 鰻がなくなり次第終了
● 木、日休、臨時休業あり
● お茶漬鰻2500円

Hiroyuki Morikawa
日本最初の板前割烹である「京ぎをん 浜作」の3代目主人。料亭が主流だった昭和2年に著者の祖父・森川栄氏が創業。その一期一会の料理は谷崎潤一郎、川端康成をはじめ棟方志功、梅原龍三郎、北大路魯山人、マーロン・ブランドや中村吉右衛門などなど、時代を創った政財界人から文化人、芸術家を魅了してきた。著者近著に『和食の教科書 ぎをん献立帖』『ぎをん 丼 手習帖』。「家庭でも気軽に楽しめる献立作り」を視野に、月7回の料理教室を開いている。

京ぎをん 浜作
京都市東山区祇園八坂鳥居前下ル下河原498
075-561-0330
● 12:00~14:00、17:00~
● 水曜及び最終火曜日定休、要予約
http://kyoto-gion-hamasaku.com/


本記事は雑誌料理王国第264号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第264号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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