元気な仔牛を処分する悲しみ。命を大切にするために始めた


母乳のみで育ったフランス産仔牛は、「ヴォ・スー・ラ・メール」として大変希少である。日本には、フランスやオーストラリア、オランダなどから、粉乳で飼育される仔牛「ホワイトヴィール」(英名 white veal、仏名ヴォ・ド・レveau de lait)も輸入されている。しかし国内産仔牛は、仔牛自体の国内需要が限られていることもあり、生産農家は少ない。そんな中、北海道・十勝にホワイトヴィールを育て続ける牧場がある。

飼育が難しく、コストも高いが
素牛農家としての使命を果したい

「人が望んでいるのに誰もやらないようなことがあるでしょう。それに挑戦するんです。ナンバーワンにはなれないけれど、オンリーワンにはなれるってね」。日本で唯一ホワイトヴィールの生産を行う「オークリーフ牧場」代表取締役、柏葉晴良さんの、畜産農家としての信念だ。

生後4~5週目のホルスタイン種の仔牛。生まれたばかりの仔牛を地元の畜産農家から仕入れ、オリジナルの粉乳を与えて5~6カ月育てる。ヨーロッパでは8カ月ほどだったが、ミルク代との兼ね合いもあり短くしている。

改良を重ねたオリジナルの粉乳。肉質が安定して以降、10年ほどほぼ同じバランスの配合を続けている。

ミルクを与えるのは1日2回。仔牛たちはバケツに注がれるミルクを一気に飲みきる。

芽室とは、アイヌ語で「メム・オロ」が転化した言葉とされる。「川の源の泉や池から流れて来る川」を意味するように、十勝川(写真)、芽室川、美生川などが肥沃な大地をつくった。

元気な仔牛を処分する悲しみ
命を大切にするために始めた

牛は一度飲み込んだ食物を再び口の中に戻し、噛み直して再び飲み込む反芻動物である。牛には4つの胃があり、それぞれが異なる働きをしながら、反芻した食物を第4の胃へ運び、ここで消化・吸収する。

「このうちミルクを飲む仔牛が使えるのはまだ第4の胃だけ。そのため健康な状態で育てるのは難しく、手間がかかるんです」と柏葉晴良さん。さらに粉乳は母乳に比べコストがかかる。仔牛自体の需要も低く「はっきり言って儲かるものではない」。

それなのに、なぜホワイトヴィールの生産を始めたのだろう。話は20年前までさかのぼる。オークリーフ牧場は、北海道・十勝のほぼ中心の芽室町にある。柏葉さんは4代目の畜産農家だ。もともとは生まれたばかりの仔牛を月齢7~8カ月まで育てる素もと牛うし農家だった。

1991(平成3)年の牛肉輸入自由化以降、仔牛の価格は下落し続けていた。95年頃には大暴落を迎え、農家が捨てた「野良牛」がでるほどだった。売れなかった仔牛はどうなるか。処理施設に送るしかなかった。「かわいそうで見ていられてない、助けてあげて欲しい」と、自分たちが元気に育てた仔牛を想い、牧場の女性たちは涙を流した。「これを何とかするのが畜産農家の役目ではないか」。そう考えた柏葉さんの頭に、高校時代の授業で学んだホワイトヴィールのことが浮かんだ。

柏葉さんはすぐさまホワイトヴィールの本場ヨーロッパに飛び、オランダとベルギーの農場と粉乳工場で飼育法を学んで帰国した。しかし、見てきたのと同じようにしてもうまくいかない。肉は現地のように白色にならず、硬く、おいしくない。「試行錯誤するなかでも、一番苦労したのがミルクの配合でした」

仔牛はミネラル分をとることで、ヘモグロビンが増加し、肉身が赤くなる。これを防ぐため、できる限りミネラル分を減らした。さらに仔牛の健康を考え、ホエー(乳清)を加えたが、分量を間違うと仔牛が体調を崩してしまう。それは、コストを考えて加えた小麦粉も同様だった。分量を微妙に変えながら、オリジナルの粉乳ができるまでおよそ4年。ようやく、身が白くてやわらかく、ほのかにミルクの香りがする、思い描いたホワイトヴィールが育つようになった。2004年ごろだった。

ヨーロッパでは肉質をやわらかくするため、動かないように小さな囲いのなかで仔牛を飼育するが、「かわいそうだしそこまでしなくとも」と柏葉さんは、やや大き目に設計している。

フランス産の輸入が解禁され
かえって注文が伸びる

現在は、母牛としての機能を持たずに生まれてきたメスの仔牛や、外敵に襲われたりしてケガをした仔牛など、健康なのに乳牛や肉牛にはなれない仔牛を、オークヴィールとして飼育している。出荷するのは月に8~9頭。これは同時に、仔牛の命を大切に育てた数でもある。

「私は父親からこの牧場を譲り受けました。次代のために何かを残していくことも農業の課題だと思う。そのために『誰もやらなかったこと』にこれからも挑戦していきたい」

東京のレストランにオークヴィールを卸している川島食品の専務取締役、板津淳さんは、国産のホワイトヴィールは希少性が高いと言う。「2013年にはフランス牛肉が解禁されましたが、結果的に解禁前よりも注文が増えました。国産志向のシェフに使っていただいています」

生産者の顔が見える食材を使いたい、という声を多くのシェフから聞く。そんなシェフにピッタリの仔牛が、十勝芽室の牧場で育っている。

総面積83haの広大な土地に約4000頭の牛を飼育。現在は素牛に加え、肥育部門も設け、一貫した飼育を行っている。

オークリーフ牧場
Oakleaf Farm
北海道河西郡芽室町平和西15線50
☎0155-62-3472
www.oakleaf.jp

野良犬ならぬ野良牛も出るほど暴落したが
なんとか仔牛を飼う方法はないか模索した

Haruyoshi Kashiwaba

1956年、北海道芽室町生まれ。道下でもいち早く抗生物質入り飼料を取り入れるなど、効率重視の経営をしていた時期もあったが、1990年代に方向転換。抗生物質不使用など、安心・安全の食を目指している

十勝平野のどこまでも広い大地に、オークリーフ牧場はある。

ホルスタイン種のほか、ホルスタイン種と黒毛和種のF1種、ブラウンスイス種などの仔牛を飼育している。

出荷時には枝肉で110㎏ほどになる。仕入れは月5~6頭。注文が多い部位はロース。続いてウチモモが人気で、スネはオッソブーコなどにも使われる。牛と同様に、ミスジやランプ、シンタマなどに分けているので、「人気部位以外も使って欲しい」と板津さん。

問い合わせ
川島食品株式会社
☎03-3325-0530
www.kawashima-s.co.jp

オークリーフ牧場のもうひとつの牛肉

未来めむろうし

オークリーフ牧場では現在、ホルスタイン種、またはホルスタイン種と黒毛和種のF1種を「未来めむろうし」として出荷している。「安心・安全な牛肉と胸を張って紹介できるように」と、飼料は、抗生物質無添加、非遺伝子組み換え、収穫後農薬未使用の材料を使用。これに数種類のハーブを加えるなど、オリジナルの飼料を与えている。サシがほどよく入りながらも、しっかりとした赤身の旨味がある。

さらに柏葉さんは、北海道で初めて牛肉の輸出を行っている。輸出先は現在、タイとシンガポール。「日本の食品を食べたいけど高い。『もう少し安くして』が買い手の本音」と、何度も現地に足を運んで実感を得た。そこで、小さな焼肉店などで提供できるような経路を作った。現地での味の反応は上々だという。

未来めむろうしを食べるなら芽室町内の「焼肉 KAGURA」へ。

ホルスタイン種のサーロイン。

1929(昭和4)年造の農協の穀物倉庫を再利用した焼肉KAGURA。

焼肉 KAGURA
YAKINIKU KAGURA
北海道河西郡芽室町
東2条1-1-7
☎0155-62-8929
● 11:30~14:30(14:00LO)
17:00~22:00(21:30LO)
●不定休
● 未来めむろうしの特上ロース2200円
●最大80席(個室最大8席含む)
www.y-kagura.jp

江六前一郎=取材、文 星野泰孝(P62〜65)、依田佳子(P66〜67)=撮影

本記事は雑誌料理王国245号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は245号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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