【京趣味 菱岩】季節の彩りを玉手箱のようなお弁当


五味五色は基本です。お弁当は冷めてもおいしくなければいけません。

縦18センチ、横15センチ、深さ5センチーー小さな箱の中に30近い料理が詰まった玉手箱のような菱岩のお弁当は、今では並ぶものなき「京のお弁当」になった。
白いご飯、奈良漬け、柿なます、だし巻き、鯛の笹巻寿司、鶏の松風、八幡巻き、鰆の味噌幽庵焼き、イカの黄味焼き、さいまき車海老、鴨ロース、白魚、ちしゃとう、スモークサーモン、栗、かまぼこの千代結び、梅かぶら、生麩の揚煮、海老芋、たけのこ、鶏のつくね、あなご、なたね、黒豆、梅人参、きぬさや、ゆず。
表面にケシの実を散らして焼いた 鶏の松風焼きはおせちの定番で、焼き物の味噌幽庵焼きの鰆は、弁当の主役のひとつだ。幽庵地は、日本酒を煮た「煮切り酒」とみりん、しょうゆを混ぜて作り、それに白味噌を溶き込む。鰆をひたひたに漬け込み、ひと晩置いて焼く。

京趣味 菱岩

「ちしゃとう」は「茎レタス」とも呼ばれ、茎の緑とシャキシャキした食感が好まれる野菜で、ことに翡翠のような美しい色が、中国では縁起の良い野菜とされてきた。
「生麩は、菱岩用に特別にウコンで黄に色付けしてもらっています」。日本料理の配色では、「五色」が基本中の基本。「平たく言えば赤、黄、青の信号の色に、白と黒を加えた色。黒はだいたいお醤油色で、どうしてもそれが多くなります」。
そのバランスをとるのが「あしらいもん」で、盛り付けは、それでバランスをとることが大事だという。

味には濃淡が大事。京都では季節外れはダメ

京趣味 菱岩

弁当の主役、ことにご飯(白)とだし巻き(黄)は常に変わらない菱岩の自慢。季節感はあしらいが担う。「茶色と茶色などと色が重なっているところに、ちょっと違う色のあしらいを置くときれいに仕上がります」。
日本料理は「五味」ともいうが、「若いころは、丁寧にと思うあまり、一つひとつにしっかり味を付けすぎていました」。やたらと濃くしていたわけではないが、それぞれにしっかり味を付けすぎて、途中で食べるのが嫌になってしまうお弁当だったと思う。
「肩を張りすぎていたんですね。これではあかん。最後まで食べてもらえる料理やないとあかん」と気づいた。お弁当という小宇宙を構成するには、濃淡が大事なのだ。ふと、先代に言われたことを思い出した。
「あしらいというもんは、食べはるか食べはらへんかは関係ない。焼きもんに酢の物がついているのは口直しや」。その「口直し」で季節を感じてもらう。春、夏、秋、冬。京都では、ことに季節を大事にする。だから、「もし時季外れのもんを使うてたら、お客さんから逆に『なんでこんなもん使うてるの』と言われてしまいます」。

春夏秋冬、季節の色はあしらいもんで表現します。

焼き物は、冬には、ぐじやまながつおが登場し、春になると鱒の木の芽焼き、夏なら鱧やすずきの酒焼き。使う野菜は京都近辺のものが多い。たとえば日本の人参は、洋物とは色が違う。食べたいなあ、と思う色があるのだ。
「この人参は『金時人参』。京都でも作ってますけど、岡山と四国の観音寺でいいものが採れます。他所ではこの人参を『京にんじん』というんですよ」
人によって詰め方は違うが、菱岩はご飯とだし巻きを大事に考えて、味と色のバランスをとっていく。

Iwamatsu Kawamura
1947年生まれ。18歳で東京の𠮷兆に修業に出、帰京後、界隈のお茶屋さんの勧めで仕出しを始める。だし巻きと白いご飯が弁当の基本と考え、「冷めてもおいしいお弁当」を追求する。だし巻きとお椀の出汁は利尻の昆布と、伊勢と枕崎の本枯れ節でひく。毎朝店内で鰹節を厚めにかくのが日課。

ご飯を俵型に押すのは、女手がいい。男が押すと力が入りすぎて、ご飯がカチカチになる。「うちでは母から女房が受け継いで、炊き立てを押してます」。実際、そのほうがおいしい。
おいしい秘密なんてないけれど、一つひとつ、ちょっとしたことに気を配る、そしてそれを続けることが、この「日本のおいしい色」を支えているのだ。

京趣味 菱岩

京趣味 菱岩
Kyousyumi HISHIIWA
京都市東山区西之町213
213, Nishinocho, Higashiyama-ku, Kyoto
☎075-561-0413
● 予約受付 11:30~21:00
● 定休日 日曜、最終月曜日
(弁当は6月~9月は休み)
● 弁当 3240円~


民輪めぐみ=取材、文 伊藤信=撮影

本記事は雑誌料理王国第293号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第293号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする