【けしからん酒場その二】ポテサラが普通


ダメよダメよと言われてもなぜか惹かれる。それがけしからん酒場

読みづらいメニューにムラのある接客――。文字だけ見ると、「けしからん」こともなぜあの店では唯一無二の魅力になるのか?そこにはサービスの本質に迫る秘密があった!タブーから読み解く、惹かれる店の新法則。

【けしからん酒場その二】ポテサラが普通

10年ほど前、レシピ調査の仕事で東京中の居酒屋を巡りポテトサラダばかりをひたすら食べていた時期があった。

 これは、というポテトサラダに出会うと「どんなふうに作ってますか?」と店主に尋ねるのだが、なぜか皆、きょとんとして同じことを言うのだった。

「いや、普通ですけど……」。

 いやいや、そんなはずはないでしょう、だってこんなにおいしいのに。「いや普通ですって、ほんと普通」

 なかには燻製醤油を加えてーー、など、こちらが納得する答えを出してくれるところもあるが、東京・堀切菖蒲園の「小島屋」や新橋の「新橋ドライドック」のように本当に旨い店は「これのどこが普通なんだ!」と、突っ込みを入れてしまいそうだが、手間のかかったレシピを当たり前のように語るのが面白かった。

 小島屋もそうだ。「いや、ほんとに聞いてもしょうがないですよ」と言いながら、ジャガイモを巨大なせいろで分蒸すところから始まって、熱々の皮を手でむいて、酢と水でさらしたタマネギはまだ熱いうちに混ぜて、マヨネーズと、別の鍋でゆでた野菜は仕上げに……という具合だ。 蒸すとゆでるのでは時間も倍以上違うし、火中の栗を拾うがごとく熱々の大量のジャガイモに手を突っ込むのは億つく劫だ。「大変じゃないですか」と驚くこちらに「このほうが旨いんすよ」と一笑に付す姿には、後光が射して見えたものだ。

「手間を手間と思わない」とまでは言わないが、「たかがポテサラ」に、当然のように手間をかける店の料理が、旨くないはずがない。

新橋ドライドック

新橋ドライドック
東京都港区新橋3-25-10  JR高架下03-5777-4755
● 17:00~24:00(9月末まで16:00~)土曜は16:00~22:00
● 予算は3000円~5000円
● 日・祝・第3土休
●38席
www.shimbashi-dry-dock.com

新橋駅ガード下のビアバーで登場するのは、メイクイーンを用いて、ベシャメルソースを加えた名品。元「銀座ABC」の三木清さんがつくる〝ビールに合うポテトサラダ〞だ。


text by 鳥越達也
Tatsuya Torigoe
年間300軒の暖簾をくぐる酒場ライター。仕事柄、二度行く店はそうないが、今回は8軒を厳選した。魅力的な品書きを見ていると目がうつろになるが、幸せ。

本記事は雑誌料理王国第289号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第289号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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