食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

【菊乃井】今こそ、公利の精神を。食の後進国から脱却するいい機会


富裕層だけでなく、地元の人もハレの日を祝える店

「実は、コロナ禍の影響はそれほどでもないんです。11年前から毎年ミシュラン三つ星をいただいていることもあり、外国人のお客様が増えて、地元のお客様の予約が取れなくなってきていた。これではダメだと、7年ほど前から、海外からのゲストの席は30%と決めていたので、6月から地元のお客さんたちはほぼ100%帰ってきてくれています」と語るのは「菊乃井」3代目、村田吉弘さん(68)。農林水産省の支援を受けて設立した、日本料理アカデミー、全日本・食学会の理事長という立場で、世界に日本料理を広める活動をしながらも、あえて海外ゲストの席を減らしたのは、「料理人は食で人を幸せにするのが仕事。限られた一部の富裕層が食べられる料理ではなく、地元の人がハレの日を普通に祝えるような店であるべき」という思いがあるからだ。

だからこそ、予約が入るからと、提供する内容と価格が見合わない店には苦言を呈する。「高ければ良い、予約の取れない店で食べる自分に酔う、という考えでは、食の後進国。このコロナ禍で、それが是正されていくのでは」と語る。「僕らの世代は、普通で良いから、人に迷惑をかけず、人の役に立つことをしろ、と育ちました。でも今は、自己中心的、個人主義的になって、『公の利益』という考えが薄れ、『普通であること』の大切さが見落とされているように感じます。自分だけがよければいい、お金を稼ぐことだけが正義、で良いのでしょうか?」。

「公利の精神」はコロナ禍への対応にも生かされた。感染予防のために来店が難しくなると見るや、業界を守るためにいち早く京都府の支援を取り付け、京都新聞と交渉して、破格の値段で全面広告の枠を押さえ、5月9日付の朝刊で、京都市内で弁当の販売をする店約35店を紹介した。

さらに、全日本・食学会では、他の飲食業団体と協調し、嘆願書を出して雇用調整助成金の増額や家賃補助についての交渉を行なったほか、独自の活動として、北海道~九州の医療関係者を支援するため、4月24日を皮切りに、7月16日までで計1万7000食の弁当を作り届ける活動も行った。そこには、独立開業したばかりなど、一番厳しい状況に置かれている若手料理人を助ける目的もあった。

医療従事者だけでなく、若手料理人も支援する「弁当」

「コロナのために、若い人が借金して店を作ったのに、お金が返せなくなってしまっている、これは大問題です。若い世代がいなくなると、次に料理界をリードしていく人がいなくなるわけです。医療従事者への支援と同時に、その問題を少しでも解決しようと、若い料理人たちに、500円で弁当を作ってもらって、それを全日本・食学会が 1000円で買って、ちょっとでも利益を上げてもらうようにしました」。買い取りの原資は、今年アジアのベストレストラン50で、食文化に貢献した料理人に与えられる「アメリカン・エクスプレス・アイコン賞」を村田さんが受賞した縁で、アメリカン・エクスプレスのアメリカ本社や、趣旨に賛同した業界からの寄付などで賄った。第2波の状況も見ながら、今後も活動を続ける見込みだ。

マクロの視点から捉える「公利」の精神

そもそも、日本料理を世界へ、という活動自体も、コロナ禍だからと言って、止めてはいけないものの一つだ。「今の農業従事者の平均年齢は68歳。後継者も少なく、日本の食糧自給を支える一次産業は危機的な状況です。50年後、このままでは自給率はエネルギーベースで 39%から19%に、現役世代が25%となる見込みです。そうなると、僕らの孫の孫の世代が飢えてしまう。一次産業を支えるためにも、日本料理を世界に発信し、海外に日本の食材を売っていかないといけませんし、国内消費のためにも和食の食育をしていかなくてはならないのです」。
日本の将来のためにも、日本料理を世界の料理にする必要があるし、このスピードで輸出を続けていく必要がある。これまで定期的に行なっていた海外の料理学校での日本料理の講習にも行けないため、海外のミシュラン三つ星シェフなど、トップシェフとのネットワークを生かし、日本料理のブランディングのためのYouTube動画やオンライン上の日本料理コンペティションも計画している。

船上の月見をイメージした秋の八寸。

日本料理の発信の舞台はオンラインへ。
コンペティションも計画中。

また、「公利」の精神は、日本国内に留まらない。2018年、ペルーで日本料理の発展に尽くし、現在の「Nikkei料理」を始め、ペルーの美食文化に大きな影響を与え亡くなった料理人、小西紀郎さんの追悼イベントで現地を訪れた際には、地元のカカオ農家を訪問。チョコレートの販売を通してカカオ農家を支援する太田哲雄さんの案内で、気温38度の中、ジャングルを2時間半も歩き、64種類もあるというカカオ豆を自ら調合して、ベストの酸味、苦味、フルーティさを持つチョコレートを作り、菊乃井本店の横にある系列店「無碍山房」で販売中。また、本店でもカカオソルベなどのデザートなどに使い、売り上げの半分を現地に送っている。

「お金を儲けるのが正義であるという考え方は、食べ物を工業製品にしてしまっています。ギリギリ食べられるレベルの粗悪なものをいかに安く提供するか、という経済優先の世の中のありようは、国や個人の自己中心主義もつながります。人間は、すべてをコントロールできると勘違いしてきましたが、今回のコロナ禍は、そうではないのだと、私たちに示しているのではないでしょうか。生産者、卸、料理人、そして食べる人すべてが、『食べ物』という命をいただくことへの感謝をし、大切にいただく時代になっていけば良いと思います」。
そんな思いから今、日本料理アカデミーと全日本・食学会では、2023年に、世界のトップシェフのみならず、生産者や卸業者も交えて食について考えるイベントを企画中だ。「料理に高いお金を払ってくれるからと言って、料理人はスターではありません。料理人は、自然の恵を受け取って料理を作ることで、世の中に貢献する仕事です。ですから、自然に対してもっと謙虚であるべきだと思います」。

アマゾンカカオのデザート。2018年に村田さんが訪れた地域は、元々、コカインの原料となるコカの葉の生産地で、アメリカ政府の援助を受けてカカオに転作したものの、販路がなく困っていたのだという。

text 仲山今日子

本記事は雑誌料理王国2020年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2020年10月号 発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする