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もしも世界に包丁がなかったら?オテル・ドゥ・ミクニ 三國清三さん


もし料理人になっていなかったら、どんな仕事をしていましたか?
放送作家の小山薫堂さんが料理人の「もうひとつの人生」を聞き出します。

三國清三さん Kiyomi Mikuni
1954年北海道生まれ。15歳で料理人を志し、帝国ホテルをはじめ、フランスのトロワグロ」「ロアジス」「アラン・シャペル」等にて修業を重ねる。85年に東京・四谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」をオープン。現在は子供の食育に関する活動も行う。

小山 僕は料理人の皆さんにお会いするたびに〝この人は料理人じゃなかったら何になっていたんだろう〞って思っていたんです。今回、それをお伺いする機会が実現して、1回目に三國さんにご登場いただきました。まずは三國さんの料理人としての歩みからお聞きしたいのですが、独立して四谷のこのお店を始められたのはいつですか?

小山 僕は料理人の皆さんにお会いするたびに〝この人は料理人じゃなかったら何になっていたんだろう〞って思っていたんです。今回、それをお伺いする機会が実現して、1回目に三國さんにご登場いただきました。まずは三國さんの料理人としての歩みからお聞きしたいのですが、独立して四谷のこのお店を始められたのはいつですか?

三國 1985年、僕が30歳の時です。

小山 その当時フレンチレストランの立地といえば銀座や青山でしょう。四谷という場所はかなり珍しかったんじゃないですか。それにここは大きなお屋敷ですよ。普通に考えたら、若きシェフはビビりますよね。

三國 僕はへそ曲がりだから、フレンチの歴史がない場所に出店しようと思ったんですよ。それである夜、四谷を歩いていてこの建物を見つけたんです。「これはいいな」と思ってドアをコンコンっと。

小山 ええっ!人が住んでいるお宅のドアを、いきなりノックですか?

三國 そう。「あのー、僕ここをフレンチレストランにしたいんですけど」って。そのお家の方が運よくフランス料理に興味をお持ちだったんで話を聞いてもらえました。「君が成功したらうまいフレンチが食えるんだな。成功する自信はあるのか」って。僕は「あります!天才ですから」なんて言っちゃって。

小山 尖ってたんですね(笑)。

三國 まだ29歳でしたからね。それに、尖っていることも必要だったんですよ。この店を始めた時、僕は「ヒールでいこう」って心に決めましたから。

小山 悪役になる、ということですか?

三國 80年代の日本のフランス料理界には、井上旭さん、石鍋裕さん、鎌田昭男さんという完璧な3人のスターがいました。そんな中で僕が世に出るには、ヒールという新しいキャラクターしかないと考えたんです。

小山 へー、おもしろいですねぇ。三國さんって意外と策士!

三國 僕、本当はいい奴なんですよ(笑)。だけど表ではちょっと尖って見せた。もちろん実際にはいい関係を築いていたんですよ。物事には何でも表と裏があるじゃないですか。「表と裏」っていうのは「陰陽」とも言い換えられますが、これは料理にも通じます。ただおいしいというだけじゃなく、お客さんを心から満足させる料理には、陰陽の層がある。それは奥深さでもあり、年を重ねてくると出てくるもののような気がします。〝人間くささ〞ともいえるかな。

小山 そんな三國さんは、料理人になっていなかったら、何になっていたと思いますか。

三國 道化師、ピエロです。ピエロってハッピーに見えるけど、どこかもの悲しいでしょう。孤独で、いろんなものを背負っている。

小山 それも「表と裏」「陰と陽」ですね。

三國 陰影が深いから、笑いが深い。僕は学歴もないし、若い頃なんて我慢と苦労ばっかりでお金もなかった。だけど、人を喜ばせたいという信念はある。ピエロも同じでしょう。人生の悲しさやつらさをわかっているから、人を笑顔にできるんですよね。僕は今料理人だけど、ピエロのように人を喜ばせたい。だからお客さんを出迎えるし、厨房にも立ちます。

小山 巨匠と呼ばれる今でも、いつも現場で自ら動いて、お客さんを喜ばせ、笑顔にする。料理人もピエロも同じホスピタリティが大切なのですね。三國さんならピエロになっても、世界中の人を笑顔にしたでしょうね。

人生の悲しさがわかっているから人を笑顔にできるピエロになりたかった。三國清三

料理人もピエロも人を喜ばせる。三國さんなら世界中の人を笑顔にしていたことでしょう。小山薫堂

オテル・ドゥ・ミクニ
HOTEL DE MIKUNI
東京都新宿区若葉1-1803-3351-3810
● 12:00~14:30LO、18:00~21:30LO
● 日夜、月休
● www.oui-mikuni.co.jp


小山薫堂
1964年熊本県生まれ。放送作家・脚本家。国際エミー賞に入賞した「料理の鉄人」「トリセツ」など斬新なテレビ番組を数多く企画。初めての映画脚本を担った『おくりびと』でも多数の賞を受賞。そのほかに、絵本の翻訳、小説の執筆、雑誌へのエッセイの寄稿など活躍は多岐にわたる。

井本千佳・文/構成 依田佳子・写真 陶山沙織・スタイリング 依田陽子・メイク


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