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【芸術家たちの食卓】ジェーン=エティエン・リオタール「チョコレートを運ぶ少女」

ジーン=エティエン・リオタールのホットチョコレート

リオタールはスイス・ジュネーブに生まれた肖像画家である。一時、美術の歴史の中に埋もれたこともあったが、宮廷肖像画家としては確固たる地位を築いたひとりだ。

 なかでもオーストリアの女帝、マリア・テレジアには厚遇され、彼女の12人の子供たちの肖像すべてを描いた。彼女は旅をする際はその肖像をつねに持ち歩いたといわれている。

 リオタールの肖像画の特徴は「写実性」であった。従来、肖像画はモデルを理想化して描くのが当たり前で皺やイボなどは省略された。しかしリオタールはすべての特徴をそのままに描き出したのだ。そのことによって疎まれたこともあったようだが、18世紀にはすでに「真実」に対する理解も生まれていた。生き生きと描き出されるモデルの姿には生命感があふれ、見る者をひきつけたのだ。

「チョコレートを運ぶ少女」においては、リオタールの写実性は人物の描写だけではなく、動きの表現にも発揮されている。チョコレートと水を運ぶ少女の姿は、飲み物をこぼさないように注意する緊張感にあふれている。当時、ホットチョコレートは流行の飲み物であった。コロンブスが新大陸で発見して以来、カカオは健康食品と注目される。当初はカイエンヌペッパーなどのスパイスと混ぜ合わせて飲まれていた。そのビターな味わいは﹁良薬口に苦し」といった趣であったが、スペインからヨーロッパに次第に広まり、蜂蜜や砂糖と混ぜて飲むことで人気を得る。しかしこの絵には、蜂蜜も砂糖の姿もない。本来であれば、喫茶店でコーヒーに砂糖が添えられているように、砂糖が一緒に描かれるのが自然である。彼女はリオタール自身のメイドといわれていることから、画家はチョコレートをストレートで飲んでいた可能性が高い。

 高濃度のチョコレートをストレートで飲むと、そのほろ苦い香りがぐっと全身を貫く。そして身体がじんわりと暖まってくる。最後に水を飲み干せば、口の中がすっきりして、香りだけが残るのだ。

チョコレートを運ぶ少女
ジーン=エティエン・リオタール「チョコレートを運ぶ少女」
1744-45年 パステル、紙82.5㎝×52.5㎝ ドレスデン国立絵画館(ドイツ)

リオタールは何事も自然体を好んだ。自画像には歯の抜けた口元で微笑む画家の姿がある。そんな素のままを受け入れる彼には、チョコレートもその香りのままが最良だった。彼の絵がもつ清々しさは、画家のそんな生き方からきているのかもしれない。

Jean-Étienne Liotard
Jean-Étienne Liotard
1702−1789
スイス、ジュネーブで生まれる。パステルによる肖像画を得意として、ヨーロッパ各地の宮廷をまわって仕事をした。人物をそのままに描く写実的な表現を得意とした。

ジーン=エティエン・リオタールのホットチョコレート

ジーン=エティエン・リオタールのホットチョコレート
ホットチョコレート
当時はカカオの実を挽いたものと水、スパイスで作られていた。現在私たちが飲むものより、もっと苦く、スパイシーだったはず。今は、上質のクーベルチュールを溶かせば、カカオの香り高いホットチョコレートが手軽にでき上がる。

材料 (約2人分)

クーベルチュール・チョコレート(カカオ分60~80%) 50g
水 300㎖
砂糖または蜂蜜 適量

作り方

  1. チョコレートをきざむ。
  2. 水とともに鍋で煮溶かし、カップに注ぐ。好みで砂糖や蜂蜜を加える。

文・料理 林 綾野
キュレーター。美術館における展覧会の企画、美術書の執筆、編集に携わる。企画した展覧会に「パウル・クレー線と色彩展」など。『ゴッホ旅とレシピ』『モネ庭とレシピ』、近著に『フェルメールの食卓』(すべて講談社刊)。

北村美香・構成 竹内章雄・写真(料理)
construction & styling : Mika Kitamura /photo : Akio Takeuchi


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