ミッシェル・トロワグロより。若手シェフへのメッセージ


確立したものの上にあぐらをかいていては、人を魅了することはできない

46年間三ツ星を維持する名門の3代目

ミッシェル・トロワグロさん

「フランス料理の神様」と賞賛される料理人、フェルナン・ポワン(1897〜1955)――。フランス南東部リヨン近郊は、30年代にフランス料理にテロワールの思想を確立したこの革命家と、その「息子たち」の故郷である。息子の筆頭にはジャンとピエールのトロワグロ兄弟、ポール・ボキューズなど錚々たる料理人の名が挙がる。

 トロワグロ兄弟とボキューズはその後、70年代に始まるフランス料理の新潮流ヌーベル・キュイジーヌの牽引者となった。

異なる世代が共存することそれが料理界を進化させる

 昼下がりの新宿、ハイアットリージェンシー東京1階の店に、あの人懐っこい笑顔でミッシェル・トロワグロは現れた。ジャンとピエールが店を仕切っていた1968年以来、46年にわたってミシュラン三ツ星を維持する「メゾン・トロワグロ」。その名門中の名門を父ピエールから引き継ぎ、三代目当主となって20年になる。58年生まれの56歳。

──今や伝説とも言えるトロワグロ家の当主にお目にかかれて光栄です。日本訪問は、もう何十回目?

生前の伯父ジャン・トロワグロと一緒に来たのが最初です。アラン・シャペルと一緒でした。40年近く前、僕は18歳だったと思います。

──当時と比べると日本のフランス料理は随分変わったと思いますが。

ものすごく変わりました。新しい世代が登場しましたよね。

──フランスではどうでしょうか?

 フランスの状況は、素晴らしいパあるいはヌーベル・キュイジーヌ、僕の父親ピエールたちの時代があり、ガニェールたちの下にはアレクサンドル・ゴチエやジャン・シュルピス、エマニュエル・ルノーなどの新世代がいる。10年ごとにそういう波がある。

──異なる世代が、フランスの料理界に共存して進化している?

彼らが新鮮なアイデアとか新しいテクニックをもって、フランスの宝であるフランス料理を進化させている。まだ時代の証人と言われる世代がいて、後見人のように新しい世代を支えている。異なる世代が共存しているからこそ、フランスのフランス料理界は、今までにないくらいパノラミックな状況なんです。

──現在のミッシェルさんにとって、何が一番大事なキーワードですか?

まず食材がどこからくるか、出処、起源をとても大事にしています。土を、大地を、地球をリスペクトして作られ、人の健康に敬意を払って作られているよい食べ物かどうか。それがどこから来るかをすごく大事にしています。あとは無駄をしないこと。自然が与えてくれたものを、我々はないがしろにしたり、無駄のある使い方、消費をしてきたと思う。そのことに対して、今まで我々は無関心すぎた。ひとりひとりがそれを思い知って、無駄にしないこと。地球が自分たちに与えてくれるものをもっと大切にすることによって、よい食材を守っていきたいと思うようになりました。

──なるべく地元の食材を使うように気をつけていらっしゃる?

すべてを地元で賄うことはできないけれど、極力生産する人とそれを使う自分の間の距離を短くしたい。なるべくダイレクトに、近いところから入手できるよう心掛けています。

──「半径0キロメートル」を標榜する料理人もいるぐらいですものね。

海がない県なので、海の魚はその範疇ではありません。けれども、それ以外は100キロメートル圏内で見つけ、賄うようにしています。

サクラマスのクレソン風味 小さな野菜

なるべくオープンでいること自分の仕事に批判的であること

──前の世代から受け継がれてきたもの、伝えていきたいものは?

まず、しっかり考えること。「これでいいのか」と自問自答すること。いつも広い視野を持って、固定観念に囚われず、なるべくオープンでいること。謙虚であること。他人をリスペクトすること。そして自分の仕事において、どこかに批判的な目を持つこと。ひとつの方法で解決するのではなく、ほかにも解決の方法があるのでは、とつねに探し続けること。変わっていくこと、そして変わっていくことを恐れないこと。自分が変わることを恐れない姿を、子どもや厨房の仲間に積極的に見せることで、料理人になりたいと自分の子どもが思ってくれるように生きること。

──たとえば、どのように変わってきたのですか?

「変わる」のは口で言うほど簡単じゃない。時間もエネルギーも必要です。大事なのは、過去に自分が確立した仕事とか、得た名声に無頓着でいなければならないということ。そこにこだわってはいけない。そして何でも探求する意欲が必要です。

──それは「創作」の本質ですね。

 現代社会では、変わっていかないと生きていけない。レストランが人を魅了し続ける、つまりお客さまを魅了し続けるには、変わっていかないとダメ。確立したものの上にあぐらをかいていては、人を魅了することはできない。変わらないということは、死んでいくも同然です。

ピジョンのロティ ハイビスカスと金柑のジュ

時間が経てば経つほどシンプルな方向に向かっている

──20年前の自分と、何が、どこが、変わったと思いますか?

20年前はまだ、自分の料理の中にイタリアのエスプリとのつながりがあると気付いていなかった。

──お祖母様はイタリア人ですよね。

 それに、今は自分の中にごく自然な要素としてある「酸味」という存在が、自分の料理の中心的な味になっていくということにも気付いていなかった。だから、同じ料理を作ったとしても、20年前とは全然違う。

──20年かけてさまざまな人や物、場所に出会ってきたことが、自分の料理に影響を与えたのですね。

 時間が経てば経つほど、非常にシンプルな方向に行っている。「純粋」を自分の目標にしている気がします。時間も短く、よりシンプルに表現したい。そういう料理をお客様に召しあがっていただきたい、と思うようになりました。

──日本料理を連想しますね。

 何十回と日本に来る間にいろいろなことを発見しました。和食をいただくのはいつも嬉しい。そんな経験や発見が、自然と自分の料理の中に出てきているのは確かです。

──日本料理のどこが好きですか?

正確であること、自然に敬意を払うこと。ほんのわずかな材料から感動を生み出せる技。そして、いつもエレガント。和食の影響を受けているのは私だけではなくて、世界中のシェフたちに影響を与えています。ちなみに今は、「炙り」がきている(笑)。ガスバーナーを使うのが流行り。

──なんでも炙ればいいと(笑)

ガスバーナーを持ってきて、左官屋さんみたいに(笑)

忍耐と我慢は違う 理解するために時間をかけて

──最後に、若い人たちへのメッセージをいただけませんか。

若い人は、成長するのに急ぎすぎているように感じます。忍耐強く時間をかけて物事に向かって欲しい。そして読むこと。検索するとすぐに答えがわかったと思ってしまうけれど、それは本当にはわかってはいない。理解するために時間をかけてじっくり読んで欲しい。忍耐強く、というのは我慢とは違うんです。瞬時に何かを得られると思わないで、時間をかけて知って、読んで理解していくことが大事だと思います。

──来日なさったばかりなのに貴重なお話、ありがとうございました。

仔鳩のキエフ風西洋牛蒡とオリーブ
通常のメニューに、フランスから届く新鮮な黒トリュフをトッピングしたひと皿。

Michel Troisgros
1958年、フランス・ロアンヌ生まれ。1968年以来ミシュラン三ツ星を保持している「メゾン・トロワグロ」のオーナーシェフ。1995年に父ピエールから受け継いで当主になった。「ル・ムーラン・ド・ムージャン」や「アラン・シャペル」での経験を通して、「自分の天職は優れた料理を創り出すことだ」と確信したという。

民輪めぐみ=インタビュー・構成 絵鳩正志=撮影

本記事は雑誌料理王国253号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は253号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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