荒井昇さんが、「フォワグラといぶりがっこ」という何ともユニークな組み合わせを思いついたのは今から3年ほど前のことだ。フランス料理を代表する食材と、日本の漬物との組み合わせはミスマッチにも思える。しかし、「フォワグラには薫香が合う」という点で、実はきちんと計算された取り合わせなのだ。さらに、刻んだいぶりがっこの小気味よい歯触りと、フォワグラのねっとりした食感の対比が味に奥行きを出す。いぶりがっこのフォワグラ料理は店の看板メニューとして話題になり、荒井さんのスペシャリテに昇格したのだ。
フォワグラに薫香をつけるには加熱が必要だが、それではフレッシュ感が損なわれてしまう。加熱なしで薫香をつけるにはどうしたらよいか―。そこで、薫香があって発酵の旨味も備えた、いぶりがっことの組み合わせを思いついたのだ。
また、荒井さんがフレッシュ感にこだわったのには訳がある。「修業時代、あるシェフに聞かれました。『フォワグラのおいしい食べ方を知っているか』と。シェフ曰く、『刺身のようにわさび醤油で食べるのが一番おいしいんだぞ』」
半信半疑で食べてみると、なんとも旨い。この時、荒井さんの頭の中には、「フォワグラ」に直結したキーワードとして、「フレッシュ感」「刺身」という言葉がインプットされた。
フォワグラそのものの味を刺身感覚で味わってもらうために、荒井シェフが好んで使うのは、生の鴨のフォワグラをガスパックにしたもの。一般的には下処理の段階で、アルコールや塩、砂糖などを使うが、一切使わないのも荒井流だ。加熱だけでなく、調味料もできるだけ控え、塩やコショウをふるのは、盛り付けの段階になってから。「フォワグラと相性のよい甘味や酸味については、付け合わせの旬の食材に生かします」
今回は、バニラとシェリービネガーのキャラメルでマリネしたジロール茸を添えた。「現代のお客さまにフォワグラを楽しんでもらうには、軽やかさが大切」
試行錯誤の末、「厚さは5ミリ」という答をはじき出した。「うちの店では軽快さやフレッシュ感を大切にしていますが、各店のコンセプトに合わせて、イメージを変えられるのがフォワグラの魅力です」
このアイディアに行きつくまでに9年の歳月を要した。フォワグラに食材としての可能性を感じたからこそ続けられたチャレンジ。フランス料理の堂々たる食材には、まだ多くの可能性が秘められている。
味がよく、昔ながらの飼育法を守っている点を評価して、生のままガスパックにした鴨のフォワグラを使用している。血管などをきちんと取り除かないと雑味が残ってしまうので、きれいに血管を取り去ることがそうじのポイント。ただし、その際に形を壊し過ぎると油脂分と固形部分が分離し、舌触りがなめらかでなくなってしまうので注意する。
そうじしたフォワグラは、85℃(芯温48℃)で加熱。フォワグラそのものの味を保ちたいので、この時、アルコールや塩などは使わない。加熱後は余分な油を切り、粗熱が取れたらラップで2度ほど巻いて成形。1度目のラップには穴をあけて空気を抜く。
円形に形を整えたら、酸化を防ぐためにホイルで巻き、冷蔵庫でひと晩冷やし固めてから料理に用いる。アルコールや塩などを使っていないので、温度管理はしっかりとして、3日くらいで使い切るようにしている。
刺身感覚で味わってもらうために冷製で提供。盛り付けの段階でカットしてから、初めて粗塩、白コショウで味付けをする。フォワグラの厚みは5ミリ。「これが、コースの中にフォワグラを盛り込んで、軽快に、おいしく食べてもらうために最適の厚みです」と荒井さん。
フォワグラにカリカリしたいぶりがっこのほか、パリッとしたパートブリックを合わせて食感に幅を出す。また、フォワグラの味付けをシンプルにしている分、付け合わせのジロール茸に酸味や甘味をつけて、アクセントに。
1974年、東京都生まれ。調理
師専門学校卒業後、都内のレ
ストランなどで修業を積み、
24歳で渡仏。パリや南仏の星
付きレストランで腕を磨き、
帰国後は、開店資金を貯める
べく築地の仲買として1年間
働いた。26歳の時、生まれ育っ
た浅草に「オマージュ」を開店。
HOMMAGE
オマージュ
東京都台東区浅草4-10-5
4-10-5,Asakusa,Taito-ku,Tokyo
☎03-3874-1552
●11:30~13:00LO、18:00~20:00LO
●月、火昼休、そのほか月2回不定休
●コース 昼6000円~、夜15000円~
●30席
www.hommage-arai.com
本記事は雑誌料理王国301号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は301号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。