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【芸術家たちの食卓】パウル・クレーの「ポルチーニのリゾット」の作り方


芸術家の創造力はときに、「食べること」に向かう。料理をしたり、美食に浸ったりしたことをメモしているアーティストは多い。そんな食いしん坊の芸術家たちのレシピを新進気鋭のキュレーターが再現する。第回は生活人パウル・クレーの食卓から。

パウル・クレーのポルチーニのリゾット

ふんだんにきのこが入ったリゾットは、パウル・クレーがもっとも愛した料理のひとつである。スイスで生まれ育った画家は、21歳のときに初めてイタリアを訪れ、リゾットと出合う。以来、すっかり魅了され、「主夫」として台所に立つようになってから、自分でもよく作った。

クレーは、今でこそピカソやマチスと並ぶ20世紀を代表する画家のひとりだが、その無名時代は長かった。結婚後、妻のリリーがピアノ教師をしながら家計を支え、クレーは主夫として家事、育児を担当し、子供が寝静まると、食卓の上で絵を描いていたという。

赤と白の丸屋根
1914年 水彩、グアッシュ、紙
14.6 × 13.7cm
ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館(ドイツ)所蔵

「赤と白の丸屋根」はそんな無名時代、クレーが35歳の頃の作品。自らの画風に何かしらの転機となればと、一大決心して訪れた北アフリカ・チュニジアの風景を描いたものだ。イスラムの寺院の丸い屋根、白亜の建物を照らす、揺らめくほどにまぶしい太陽の光を、絵の具の滲みが巧みに表す。格子状に仕切られた画面は、一見抽象的だが、どこか風景の熱っぽさを感じさせる不思議な絵。クレーはこの小さな絵を、入念なプロセスを経て完成させた。当初は、右に砂漠の風景が続く横長の絵だった。描いている過程で、彼が絵を鋏でふたつに分断していたことが最近の研究で判明した。描いた絵をカットするだけではなく、この作品のほかにも、逆さまにしたり、塗りつぶしたりと、当初とまったく別の物に仕上げてしまう。創作過程で、「描く」というよりも「作り出す」ように、芸術のゆくあて(作品)を見出していった。

そう考えてみると、クレーの大好物であり、得意料理であったリゾット、これもプロセスこそが、味と食感を決定する料理だ。どんなに手際のよい料理人でも、一時も鍋から離れることは許されない。米にゆっくりスープを染み込ませ、丁寧に炒めてゆくプロセスこそがこの料理を美味へと導いてくれるからだ。

絵筆を時には鋏に持ち替え、創作の思案に暮れたクレーは、キッチンでも同じように注意深く木ベラをつかみ、鍋の中をじっと見つめていたにちがいない。火加減を確かめ、スープを加える。チリチリと音を立てながら、香り高いポルチーニとともに炒められていく米。すりおろしたばかりのパルメザンチーズを加え、新鮮なパセリをたっぷりと散らす。仕上げに隠し味やもうひと工夫、ふた工夫、あったかもしれない。芸術家のこだわりは、細部にわたる。そんなクレーが作ったリゾットは、塗り重ねられた色彩のように味と香りが共鳴し合い、さぞや魅力的だっただろう。

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1902年のイタリア旅行で出合ったリゾット。ポルチーニの濃厚な風味と香りを存分に楽しめる。

材料 (約4人分)

米…2カップ(300g)
乾燥ポルチーニ茸…25g
ニンニク(みじん切り)…1片
タマネギ…1個
オリーブオイル…大さじ2+大さじ1
バター…30g+20g
白ワイン…100mL
ブイヨンキューブ…1個
パセリ(みじん切り)…約20g
パルメザンチーズ(すりおろし)…大さじ3塩、コショウ…各少量

作り方

1. タマネギをみじん切りにする。乾燥ポルチーニ茸をぬるま湯でもどす。
2. 1のもどし汁とお湯(分量外)を合わせ、ブイヨンを加えて1Lのスープを作る。
3. 鍋にオリーブオイル大さじ2、ニンニクを入れ、火にかける。香りが出たら、ポルチーニの汁気をよく絞って加え、1分間ほど強火で炒める。塩をふり、別皿に取る。
4. 同じ鍋にバター30gとオリーブオイル大さじ1を入れ、タマネギをしんなりするまでよく炒める。5. 4に米を加え、中火で炒める。オイルが全体にまわり、米が透明になったら白ワインを注ぎ、アルコール分を飛ばす。
6. レードル2杯分のスープを加え、木べらでゆっくりなじませていく。2のスープは熱々の状態を保つように弱火にかけておく。
7. 水分がなくなり、チリチリと音がしたら、同量のスープを加え、ゆっくりなじませ、水分がなくなったら同様の作業を繰り返す。
8. 米がアルデンテ直前になったら3を加えて、さっと混ぜ合わせる。
9. 火を止め、パセリ、バター20g、パルメザンチーズを加え、味を見ながら、塩、コショウで味をととのえる。

パウル・クレー
Paul Klee 
1879年スイス・ベルン生まれ。ドイツ人の音楽家を両親に持ち、ヴァイオリンの名手でもあった。どの様式にも属さない独創性の高い作品を描き、愛好家ばかりでなく、多くの芸術家に影響を与えた。教育者としてバウハウスで教鞭も執った。1940年没、享年60歳。


文・料理 林 綾野
キュレーター。美術館における展覧会の企画、美術書の執筆、編集に携わる。企画した展覧会に「パウル・クレー線と色彩展」など。『ゴッホ旅とレシピ』『モネ庭とレシピ』、近著に『フェルメールの食卓』(すべて講談社刊)。

北村美香・構成 竹内章雄・写真(料理)

本記事は雑誌料理王国第183号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第183号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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