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【芸術家たちの食卓】ポール・セザンヌ「りんごとオレンジ」

焼きリンゴ

 ポール・セザンヌは1839年、南フランスの町、エクス・アン・プロヴァンスに生まれた。近代絵画の父と呼ばれ、ピカソなど後進の芸術家たちから敬愛されたが、絵描きとしての人生は平坦ではなかった。彼の父親は、町の帽子屋からこの町唯一の銀行の経営者まで上り詰つめた人物で、息子のポールに自分の跡を継がせるつもりでいた。そのため、幼い時から詩作にふけり、絵を描く息子に対し、父はつねに批判的な眼差しを向けた。

 画家は、そんな父親に頭を下げ、経済的に助けてもらいながら、故郷エクスの町とパリを行ったり来たりしつつ絵を描いて過ごす。モチーフは風景、肖像、静物画など多岐に及ぶが、とりわけリンゴは生涯にわたって描き続けたもののひとつ。﹁リンゴひとつでパリを驚かせたい」、そんなふうに語るセザンヌは、もっともシンプルで単純なモチーフに、深い意味合いと新しい表現の可能性を託そうと考えた。﹁りんごとオレンジ」(写真上)はその代表作といえるもので、丹念に作り込まれた構図の中で、皿やクロスの上のリンゴたちは色を響き合わせ、みごとに調和している。実物そっくりに描かれているわけでもないのに、思わず手に取りたくなるような、丸く赤いリンゴの存在感は見る者をひきつける。

描くために買い込んだたくさんのリンゴはテーブルの上でいくぶんしなびていたにちがいない。それでも砂糖とバターと一緒にじっくり焼けば、熱々の焼きリンゴに仕上がる。バターとシナモンの香り高く、とろっとしたリンゴの食感はシンプルだけれども味わい深い。リンゴの単純さを愛した画家のおやつにふさわしい。晩年、セザンヌのお手伝いを務めたブレモン夫人は時折、アトリエのリンゴを焼いてくれたかもしれない。

りんごとオレンジ
ポール・セザンヌ「りんごとオレンジ」
1899年頃 オルセー美術館(フランス)
©RMN( Musée d’Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

1886年、47歳の時に、生涯対立し続けた父親が他界し、その遺産を相続したセザンヌはもはや生活に困ることはなかった。しかし、旅に出ることもなく、これといった贅沢をすることもなく、その生活ぶりはシンプルだった。絵を描きながら質素に暮らしたセザンヌは、晩年になってから、亡き父を﹁偉大な人だった」と回想し、慈しんだという。リンゴひとつで、新たな芸術の活路を開いたセザンヌを本当の意味で支えたのはその父だったのかもしれない。

Paul Cézanne 1839−1906
フランスの画家。一時、モネ、ピサロなど印象派の画家とともに活動したが、その後独自の画風を築く。キュビスムをはじめとする20世紀の美術に多大な影響を与えた。
©《自画像》 1875年頃 オルセー美術館 ©RMN( Musée d’Orsay) / Hervé Lewandowski /distributed by AMF

ポール・セザンヌの焼きリンゴ

焼きリンゴ
リンゴを愛した芸術家・セザンヌ。焼きリンゴは古くからフランスで食べられていたデザート。彼もこの素朴な味を食べたであろう。作り方は今も昔もほとんど変わらないにちがいない。

材料(3人分)

リンゴ 3個
バター 30g
砂糖 大さじ6
シナモンパウダー 適量

作り方

  1. 底を1㎝ほど残し、リンゴの芯をくりぬく。
  2. 芯の部分にバターと砂糖を分量の1/3ずつ入れる。
  3. リンゴの表面に竹串でところどころ穴をあける。
  4. 3を耐熱皿に並べ、シナモンパウダーをふりかけ、 200℃のオーブンで20~30分間焼く。

文・料理 林 綾野
キュレーター。美術館における展覧会の企画、美術書の執筆、編集に携わる。企画した展覧会に「パウル・クレー線と色彩展」など。『ゴッホ旅とレシピ』『モネ庭とレシピ』、近著に『フェルメールの食卓』(すべて講談社刊)。

北村美香・構成 竹内章雄・写真(料理)
construction & styling : Mika Kitamura /photo : Akio Takeuchi


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