レモンを煮詰めることで味わいを引き出すテクニック「プレスキル」


煮詰めることで味わいを引き出すフランスの技に、新たな発想をプラス

プレスキル 佐々木康二さん

「プレスキル」の佐々木康ニさんは、フランス料理の伝統的な技を継承しつつ、インスピレーションを駆使してモダンなひと皿を構築するシェフ。「私の料理は、最後に酸でしめることが多いんです。ヴィネガーを使って、軽さを保ちながらしっかりした味わいを感じる料理に仕上げる。それを今回は、柑橘の酸味、甘味、苦味を活かすことで実現してみようと考えました」

佐々木さんは日本とフランスの柑橘の使い方の違いについて、「日本では素材をフレッシュなまま料理に使うことが多いですが、フランス人は柑橘を煮詰めて使うのがとても上手い」と語る。広島県産の柑橘を使った2皿は、いずれも、糖分を加えて煮詰めることで、柑橘のもつ香りや味わいを引き出した。

写真提供/広島県

広島レモン
生産量日本一を誇る広島県産のレモン。露地栽培、裸果貯蔵、鮮度保持フィルムで包装するPプラス貯蔵、ハウス栽培の組み合わせで、1年を通じて果実が手に入る。防腐剤を一切使用していないため、皮ごと料理に使えるのが大きな魅力だ。

シーフードと柑橘苦味を活かすためワタも一緒に

まずは、国産レモンのシェアナンバーワンを誇る「広島レモン」と、爽やかな甘味の「はるか」を使い、ラングスティーヌと合わせたひと品。エビやカニ、ホタテなど、甘さのある海鮮と柑橘のコンビネーションは、クラシックなルセットにも登場する王道の組み合わせ。佐々木さんは神戸ポートピアホテル「アラン・シャペル」で料理長を務めた経歴の持ち主。シャペル氏のスペシャリテのひとつ「オマールのアラナージュ」にも柑橘が使われていた。

レモンの白いワタの部分を残して外皮を剥き、適当な大きさにカットして、レモンと同量の砂糖、小量の水を加えて煮詰める。ワタも一緒に煮込むのは、苦味を活かすため。果実がやわらかくなったら漉してコンフィソースとし、そのソースで、細切りにしたレモンの外皮を煮て、レモンゼストコンフィを作る。

「レモンの皮を使う時は、ワックスを落とすために3回はゆでこぼします。でも広島レモンは防腐剤を使っていないのでそれをしなくていい。風味を損なうことなく、安心して提供できますね」と佐々木さん。

香りと食感を活かしたレモンゼスト
ワタを残して皮を剥いたレモンをカットし、砂糖を加えて火にかける。果実がやわらかくなったら漉し、コンフィソースに。ワタを丁寧に削いだレモンの外皮を細切りにし、コンフィソースで煮詰める。防腐剤不使用の広島レモンのゼストは料理のアクセントとなる。

はるかは、果汁にゼラチンを加え、バーミックスで泡立てながら固めて、白いムース状のエミュリュションに。他の素材と馴染みやすくした。

魚の旨味を凝縮したゼリー、ジュレドポワソンには、ゼラチン質を多く含むメバルなどの魚を使う。臭みを抑え、香りづけするためにサフランを加えたこのジュレの上に、低温でゆでたラングスティーヌをのせる。はるかのエミュリュションと、アスパラ、ラディッシュなどの野菜、花、レモンゼストコンフィを盛る。最後に、はるかの皮を擦りおろして、オリーブオイルを数滴たらす。

テーブルに出された時、はるかの甘い香りが漂う。ラングスティーヌと柑橘が絶妙にマッチし、サフランの風味とレモンゼストの食感や苦味がアクセントとなる。

Gelée de Poissons Safrané, Langoustine et Émultion de Haruka
サフランの香るジュレとラングスティーヌ はるかのエミュリュション
ふわっと軽く仕上がったはるかのエミュリュションと、サフランの香りをまとったジュレドポワソンが、ラングスティーヌのねっとりとした甘味と調和する。広島レモンのゼストは風味と食感のアクセントに。仕上げにはるかの皮を削りかけることで、爽やかな香りが広がる。

フルーツを使ったソースにはオリエンタルなスパイスが合う

もうひと品は、広島県発祥の「八朔」と、「紅八朔」をソースにし、ピジョンと合わせた。ピジョンや鴨は、オレンジやレモンをカラメルと煮詰めたビガラードソースと合わせるルセットが定番。佐々木さんは八朔の苦味を活かそうと、ビールとスパイス、ラードなどで肉を煮込んで苦味を楽しむベルギー料理、カルボナードのルセットも参考にして新たなひと皿を考案した。

八朔は、苦味のあるワタの部分を残して皮を剥く。八朔と紅八朔は味わいに違いがあるので一緒に調理して奥行きを出す。鍋で砂糖と水をキャラメル状にし、八朔と紅八朔、シェリーヴィネガーを加えて煮詰め、そこにジャワペッパーを。「フルーツを使ったソースには、オリエンタルな風味のスパイスが合うんです」と佐々木さん。フォンドピジョンを加えてさらに煮詰め、ジュドヴォーを入れて漉し、バターを常温で滑らかにモンテして、柑橘ソースが完成する。

ピジョンのモモ肉は、心臓や肝、豚足、ピスタチオ、エシャロット、ジュドトリュフを詰めて火入れ。ムネ肉は軽くローストした後、八朔を砂糖で煮込んだコンフィソースを皮に塗ってオーブンへ。ハチミツを塗って肉を焼く"ラケ"の手法を応用した。仕上げに八朔の果肉をのせ、少し加熱して水分を膨張させることで、プチプチした食感を出した。

付け合せはグリーンピースやレタスをラルドで炒めたプティポワフランセーズ。ピジョンと相性のいいクルミオイルをかけてまとめた。野性的で少し鉄の味わいのあるピジョンと、さっぱりとした青い野菜、インパクトのあるスパイス、そして糖分と煮詰めることで増幅した柑橘の酸味と苦味、食感が調和する。

「八朔を料理に使ったのははじめてでした。意外に使えるなと、ちょっとした発見になりました」

佐々木さんは、今回使った八朔が、昔に比べて甘く、クセのない味に感じられたという。原種が持っていたはずの、本来の苦味や扱いにくい雑味は抑えられている。「料理人にとっては、素材のもつオリジナルの味を活かすことが喜びですが、時代は変わって、フランス料理の潮流も、市場も移り変わっていく」。"不易流行"。伝統の技と新しいエッセンスを融合させた佐々木さんの料理は、素材の進化からもインスピレーションを得て、新たなルセットを生み出していく。

Pigeon Rôti, Cuisses Farci Jus aux Agrumes
ピジョンのロティとモモのファルス 柑橘の香り
ランド産ピジョンのムネ肉はローストに。八朔のコンフィソースを塗って焼き、果肉を添えて食感も楽しむ。モモ肉は心臓や肝を包んで火入れ。八朔と紅八朔の酸味と苦味に、オリエンタルな味わいのジャワペッパーを加えたソースは、鉄分を感じるピジョンの味を引き立てる。

Yasuji Sasaki
1967年岡山県生まれ。辻調理師専門学校卒業。 2009年「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」に日本代表として出場し、世界第8位に入賞。「アラン・シャペル」「トランテアン」などの料理長を経て、15年より「プレスキル」シェフ。

プレスキル
PRESQUILE
大阪市中央区今橋4-1-1 淀屋橋ODONA2F
06-7506-9147
http://presquile.jp

料理王国=取材、文 村川荘兵衛=撮影


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