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【芸術家たちの食卓】デューラーの「ローストチキン」


アルブレヒト・デューラーのローストチキン

デューラーは、1471年、ドイツ・ニュールンベルクに生まれた。父親は金細工師、母親の実家も金工であった。父から金細工の手ほどきを受けるが、15歳の時に地元の画家に弟子入りをし、絵の修業を始めた。

その後、遍歴の旅を経て、23歳の時に故郷に戻り、資産家の娘アグネスと結婚。妻の助けもあり、ヴェネツィアやパドヴァなどに旅し、イタリア・ルネサンスから大きな影響を受けた。帰国してから自分の工房を持ち、画家として活躍し始める。再びヴェネツィアを訪れた時には、人気画家としてもてはやされた。とくに版画作品の評価は高く、海賊版まで出回るようになっていた。「憂鬱」を描きだす「メランコリアⅠ」は、代表作のひとつ。エングレーヴィングという緻密な技法で制作されたものだ。高い技術と深い精神性で人々を魅了し、その名声を妬むほかの画家の中には、食事に毒を盛り、デューラーを亡き者にしたいと思う者までいたという。

ドイツでも有名画家となったデューラーは、皇帝マクシミリアン一世の知遇を得、庇護を受ける。しかし1519年に皇帝が急逝した時、画家はそれまでに制作した絵画の報酬である年金を受け取っていなかった。途切れた年金の支給を新皇帝カルロス五世に直談判するため、アーヘンへ皇帝を訪ねることを決意。この旅の記録が「ネーデルランド旅日記」として残されている。交通費、宿泊費など旅の収支が記録され、時には誰とどこで食事をしたか、何を食べたかも綴られている。

1520年7月15日に「ローストチキン」が登場する。金額は10ペニッヒ、今の金額にして2000円くらいだろう。同じ日に「葡萄酒をもらう」とも書いてある。ワインを飲みながら、妻とともにテーブルを囲む。バターをタップリかけてこんがりと焼けた鶏。体格がよかったデューラーはモモ肉をぶつ切りにしてたっぷり食べたにちがいない。

招待を受けた食事の推定金額まで記録したデューラー。コンパスなしで完全な円を描いたといわれる画家は、何につけ「緻密」であった。この丸鶏も、肉、軟骨、皮まで丁寧に平らげたのではないだろうか。絵を描くにつけ、お財布の管理につけ、緻密さを発揮するその性格を思い浮かべながら、あらためて作品の精緻さをじっと眺めてみたい。

アルブレヒト・デューラー「メランコリアⅠ」
1514年/エングレーヴィング23.9㎝×18.9cm
国立西洋美術館所蔵

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【レシピ】アルブレヒト・デューラーのローストチキン

材料 (1羽分)

丸鶏(1.5㎏前後) 1羽
セロリ、ニンジン、タマネギ 各適量ローリエ、タイム 各適量
バター 適量
塩、コショウ 各適量

作り方

1.

  1. 内臓を抜き、下処理をした鶏に塩、コショウをすり込んでおく。
  2. セロリ、ニンジン、タマネギをスライスし、天板に敷きつめ、さらにローリエ、タイムをのせる。
  3. 2の上に鶏を置き、溶かしたバターを鶏にまんべんなく塗る。
  4. 4.210℃のオーブンで90分間ほど焼く。途中、10分間おきにバターを塗る。

アルブレヒト・デューラー
Albrecht Dürer
北方ルネサンスの画家・版画家。ドイツ・ニュールンベルク生まれ。金細工職人を経て画家になる。優れた自然観察と写実性を持ち、肖像画・風景画に多くの名作を残す。


文・料理 林 綾野
キュレーター。美術館における展覧会の企画、美術書の執筆、編集に携わる。企画した展覧会に「パウル・クレー線と色彩展」など。『ゴッホ旅とレシピ』『モネ庭とレシピ』、近著に『フェルメールの食卓』(すべて講談社刊)。

北村美香・構成 竹内章雄・写真(料理)

本記事は雑誌料理王国2011年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年2月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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