日本酒に魅了された世界の「SAKE」の造り手。


現在、海外でSAKEを造っている醸造所は、50ヶ所を超え、世界各地で造り手が生まれている。今回はSAKE文化の伝道師でもある、海外のSAKEの造り手たちを紹介する。

SAKE GLOCAL /世界で芽吹く造り手の遺伝子

造り手、すなわち、文化の担い手。 日本酒が、世界の「SAKE」になる前夜

全黒(ぜんくろ) from New Zealand

杜氏、デビッド・ジョル氏。NZではまだあまりなじみのない日本酒を普及させるため、事前予約制で旅行者などの一般客の蔵見学を受け付けている。 http://zenkuro.co.nz/

熱きラガーマンが氷河湖からの軟水と日本からの五百万石で醸す


銘柄名の由来は、お察しの通り、ラグビーの「オールブラックス」から。ラグビーファンの杜氏、デビッド・ジョル氏は、日本生活15年の間に日本酒に惚れ込み、日本で修業。故郷クイーンズタウンには、氷河湖からの軟水があったが、問題はニュージーランドではほとんど米作りが行われていないこと。様々な米を試した結果、現在は兵庫県と富山県産の五百万石を輸入して、酒造りを行っている。クイーンズタウンは、夏も涼しく、通年で酒が造れる。麹米は、試行錯誤の結果、四国の乾燥麹を選び、輸入している。酒造りよりも困難だったのが、酒を販売することだったという。「そもそも日本酒を飲んだことがないという人も多かった」。だから、ニュージーランドの食文化にあう、食中酒をテーマに酒作りを行い、白ワインのように楽しめる、すっきりとフルーティーな吟醸香を感じる雫絞りと、肉料理と相性の良い、米の旨味をややしっかりと感じる槽 絞りの2種類を作っている。生産は年間約5000本。「フィルターする必要を感じない」ため、無濾過での提供だ。「元々ニュージーランドは、牛肉や仔羊、サーモンなどをシンプルにバーベキューやグリルにした料理が多かったが、今は味噌など、アジアの食材を取り入れたフュージョン料理がトレンド。取引先は、日本料理店が1に対して、非日本料理店が3」なのだという。ニュージーランドではまだなじみのない日本酒を知ってもらうための文化の普及にも努め、事前予約制で旅行者など一般の客を積極的に受け入れ、蔵の見学に加え、酒器や燗酒の文化を紹介し、酒文化を広めている。

越の一(えつのはじめ) from Vietnam

「しっかりした米の香りと、さっぱりとした飲み口は、コリアンダーなどのハーブの香りを多用したベトナム料理に合う」と、新たな提案を考案中。
http://www.saita-hd.co.jp/

インディカ米から生まれるベトナムらしさ
今後は現地の料理を意識

福岡の建設業者の2代目が、1997年からベトナム中部の米どころ、フエで造り始めたSAKE。米どころであるベトナムで、手の届く価格帯のSAKEを造り、その味に親しんでもらいたいという思いから誕生した。現在3代目才田善之氏が跡を継ぎ、現地では日本人現地代表1名、杜氏1名と、70人のベトナム人が働く。酵母は現地で培養しており、香りは日本の米焼酎に近い香り。香りのインパクトに反して味わいは穏やか。その理由は、現地のインディカ米を使っていること、三毛作の為、米の味自体があまり強くないことが挙げられる。年間生産本数は5~10万本だが、現在は乾季に入る2~3月の、2ヶ月のみの生産で、生産量を増加する余力はある。「これまでは日本料理店を中心に販売してきたが、現地の料理に合わせて現地の人を対象に販売していかないと、マーケットが広がらない」と考えている。ベトナムの京都と呼ばれることもある古都・フエはベトナム宮廷文化が花開いた場所。また、ベトナムは米が主食だ。しっかりとした米の香りと、さっぱりとした飲み口は「コリアンダーなどのハーブの香りを多用したベトナム料理、特に上品な味付けの宮廷料理ともよく合う」として、新たな提案を考えている。現在はベトナム唯一の酒蔵だが、「酒蔵の数が少なくては地元のニーズが生まれない」と、近々、ハノイに新潟の酒蔵が指導したクラフト・サケ・メーカーがオープンする予定であることを歓迎している。

台中 六十五(ぜんくろ) from Taiwan&Japan

「最新の醸造技術は日本でしか学べない」と日本で米作りから手がける陳韋仁氏(右)。ファントムブルワリーのひとつのモデルケースだ。 https://www.facebook.com/taiwanesekurabito/

アイデンティティは島根の田んぼで栽培する幻の米「台中六十五号」


人生とは不思議なものだ。台湾・台南市出身の陳韋仁氏は、元々日本酒が嫌いだった。台湾で造られている酒を口にしたことがあったが、「ひねた味がして好きではなかった」。その印象を変えたのが、日本の神話を研究するために留学した島根県でのこと。大学の先輩が持ってきた地酒のおいしさに驚いたことが、酒造りの道へとつながった。「獺祭」に就職して酒造りを経験した後、自ら酒を造ると決めて探したのが、自身のアイデンティティと重なる米を探すこと。調べるうちに、1935年頃日本が暑い台湾の気候にあった米をと開発したジャポニカ米の品種名「台中六十五号」にたどり着いた。台湾出身の自分が作るのにぴったりだと感じたが、その後も更に品種改良されたこの米は、台湾では姿を消していた。1年がかりで探し、ついに沖縄で発見。島根県内の2000㎡ほどの田でこの米を育て、毎年違う醸造所で醸造する。台湾からの米の輸入が難しいこと、さらに最新の醸造技術は日本でしか学べないと、日本で米作りから行うことを決めた。2年目の今年は、出雲市の板倉酒造で、生酛での造り。やや甘めなのは「台湾人の自分は甘い味が好きだから」。

来年は佐賀県の宗政酒造で、山廃で作る予定だ。こうして蔵を転々とすることで、様々な蔵の造りを勉強するという目的もある。米作りも、醸造も、すべて一人で行い、費用はクラウドファンディングで賄い、できた酒は出資者に配るため、一般販売はしていない。現在39歳、「45歳までには、パートナーを見つけて自分の蔵を台湾に作るか、どこかの蔵に就職したい」と考えている。

「SAKEワールドカップ」では、海外からの造り手の他に、日本の酒蔵で働く外国籍の社員も参加。実行委員の一人で、「日本酒輸出協会」会長であり、酒類ジャーナリストの松崎晴雄氏がモデレーターを務めた、「外国人から見た日本酒造り」というパネルディスカッションも開催され、彼らの日本酒への情熱を目の当たりにした。

「ワインやビールに匹敵する日本酒の市場を作りたい」「WAKAZE」がパリでSAKEを醸し始めた本当の理由

「日本酒を世界酒に」を目指して立ち上がった日本酒ベンチャー企業WAKAZEの酒蔵が、さる11月15日ついにフランスで始動。パリ郊外に設立した酒蔵「Kura Grand Paris (クラ・グラン・パリ)」は、450㎡の敷地に、 2500ℓのタンクを12本備え、欧州では最大規模のSAKE醸造所となる。パリを選んだ理由は、世界の食文化の中心地で、SAKEがワインと同じように食とのマリアージュを楽しめる酒であり、これから世界の食文化に根付いていくよう発信していくためだ。

 これまで、「三軒茶屋醸造所」にて、どぶろくやボタニカルSAKEを仕込みながら、着々とフランスでの準備を進めてきた、杜氏の今井翔也氏は、いよいよ現地の蔵にて念願のSAKEを仕込み始めた。原料は、フランスの米どころ南仏カマルグのジャポニカ米と、現地の硬水、そしてワイン酵母。 100% Made in Franceにこだわる理由は、地域性を大切にすると同時に、材料調達を現地で行なうことにより、ワインと競合できる価格帯でSAKEを流通させたいという思いから。

 「日本酒が世界酒になるには、世界で飲まれるだけでなく、様々な国で 造られていることが大前提」。日本でもイノベーティブな風を起こしてきたチームWAKAZEが、フランスでも新しい枠組みのSAKE造りを成功させれば、日本酒/SAKEの景色が一変するに違いない。

「KURA GRAND PARIS」の前に立つ、WAKAZE代表の稲川琢磨氏(左)と杜氏の今井翔也氏。搾り立てのSAKEをその場で味わえるテイスティングスペースも併設される予定。
https://www.wakaze.jp/brewery/paris/

text 仲山今日子、勅使河原加奈子(コラム) photo室園淳

本記事は雑誌料理王国2020年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年1月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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