名人の塩哲学「ラ・カンパーニュ」北岡尚信さん


塩の役割は食材の個性を引き立てること

長年の経験を生かし、フランス料理の歴史などの講座を大学で受け持つ北岡尚信さん。そんな北岡さんに、塩に対する考え方を教えていただこうと、現在、プロデュースしているフランス料理店「ラ・カンパーニュ」を訪ねた。

専売制だった塩が2002年に完全自由化され、世界中の塩を手に入れられるようになったことは喜ばしい。だが、料理人はそれぞれの塩の個性を熟知して、使う塩を選ばなければならない、と北岡さんは言う。「料理における塩の役割とは、素材の個性を引き立てる、これに尽きます。塩に含まれるミネラル成分が食材の味を引き出すのです」

味の決め手となる塩選びは用途に合わせて

北岡さんが使っている塩は種類。それぞれの特性に応じて使い分けている。まず「伯方の焼き塩」。炒って水分を飛ばしてあるので、サラサラとしてふりやすい。魚や野菜の下処理にふる、「ふり塩」として使う。もうひとつは「赤穂の天塩」。塩からさが尖っていないので、奥行きのある味わいを作りだしてくれる。北岡さんの「味付け用の塩」だ。最後に「ゲランド産フルール・ド・セル」。存在感を感じさせる粒状の塩で、料理に添える「仕上げの塩」。

北岡さんは、塩があってこその料理の具体例として、3つの料理を挙げてくれた。ひとつは発酵バターにフルール・ド・セルを添えたひと皿。

「これが塩を味わう一番の食べ方だと思います」。塩を加えずに発酵させたバターは、乳酸菌によるほのかな酸味が魅力的だ。これを練ってやわらかくし、粒塩を混ぜ込む、もしくは添える。パンにつければ、塩がバターの風味をいっそう際立たせ、バターに包まれて塩の旨味がストレートに感じられる。さらに、ゴマ、マカデミアナッツ、コリアンダー、クミンシードにフルール・ド・セルを混ぜた自家製デュカ(エジプトのミックススパイス)は長年、北岡さんが店で出してきたものだ。スパイスやナッツの量の10%の塩を加えているが、これ以上でも以下でも、デュカの風味は異なってくるという。塩が味の決め手なのだ。

3つ目は「明石鮮魚のふりかけ塩のアソルティマン」。4種類の魚を塩だけで調味したものだ。ハモ、イナダ、タイは切り分けて、またはフィレのままバーナーで炙る。サゴシは赤穂の天塩をふり、30分ほどおいた後、皮だけを炙る。どの魚にもオリーブオイルをひとはけ塗り、フルール・ド・セルをのせている。京都の樋口昌孝さんが育てた鷹峰トウガラシは、塩でもんでサッと火を通した。調味料は塩とオリーブオイルのみ。塩がソースの役割を務める。

生魚に醤油の旨味をのせるのが和食の刺身。この刺身を北岡流フランス料理に落とし込んだのが、こちらだ。魚の個性に合った火入れと塩のおかげで、それぞれの魚の味の輪郭がみごとにはっきりと現れた。ニッポンならではのフランス料理といえよう。

一方、フレンチの食材に当然欠かせない肉だが、肉の調理においては火入れが一番重要であり、塩をしてから調理することは、塩漬け肉などの場合を除いてはしないという。ローストやグリルには、フルール・ド・セルなどの味わいのある塩を添えて出している。

明石鮮魚のふりかけ塩のアソルティマン
ハモは切り分けてからバーナーで炙る。明石鯛はフィレのまま皮だけ炙りスライス。イナダは生のままスライス。サゴシはフィレに赤穂の塩をふり、30分おき、洗 って皮を炙ってから切る。すべてに南仏産のオリーブオイルをひとはけし、フル ール・ド・セルをのせる。いわば塩だけで食べさせるフレンチ流刺身料理。

塩をするときの意識が、料理の最大のポイント

「アセゾネ(assaisonner)」というフランス料理の調理用語がある。「味をつける」という意味だが、実際に料理人は「塩、コショウする」という意味で使っている。北岡さんはこのアセゾネをするときの意識が大切だと熱く語る。「私はアセゾネにもっとも思いをこめます。料理人が意識を集中させ、素材と向かい合う一瞬なのです」。

 塩をするときに料理人の思いをこめる――それは、ひとつひとつのプロセスを丁寧に仕上げることであり、さらに最上の味へとつながるステップなのだ。

1.「赤穂の天塩」はにがり成分を含むしっとりした天然塩。マイルドな塩からさは調味塩として最適だと北岡さん。
2.フランス・ブルターニュ地方のゲランドの塩田で1000年にわたり作られてきた塩。塩田の表面に浮く、結晶化した塩が「フルール・ド・セル」(塩の花)。海の果実と呼ばれ、珍重されている。仕上げに、塩の味を生かしたい料理に。
3.オーストラリアから輸入した天日塩を溶かして再び結晶化した再生自然塩で、にがりは中国産を使用

Katsunobu Kitaoka
1947年神奈川県生まれ。ホテルオークラにて小野正吉に薫陶を受ける。35年続いた名店「プティポワン」を閉店、現在は大手町「ラ・カンパーニュ」をプロデュース。「発酵バターに塩。最上の塩の味わい方です」。

text:Mika Kitamura photo:Hisahi Okamoto

本記事は雑誌料理王国2011年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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