コロナを機に開拓した香港の味を日本中へ「ヨネチク」


長く続く新型コロナの感染症による影響に飲食業界の苦戦が続いていますが、厳しい状況に置かれているのは商品を扱う卸売業者も例外ではありません。香港食材を扱う「ヨネチク」も、この状況を打破するべく、今まで対応してこなかった個人向けの販売を自社敷地内で開始。香港の味が自宅で楽しめると、香港好きな人をはじめ、日本在住の香港の人たちまでも「故郷の味」に魅了されています。

お話をうかがった株式会社ヨネチク代表取締役 陳 立文(チャン ラップマン)さん(右)、同社部長の長瀬 圭さん(左)。

同社は、1967年に食肉小売店として開業。1993年に陳さんが二代目に。これを機に香港食材の卸業を本格的に始動させました。現在は主に広東料理に使用される調味料や乾物などの卸業務を行っていて、扱う総品目は500~600 にも。広東レストランや百貨店、ホテルなど、取引先も多岐にわたります。


この1年半、コロナの荒波は会社的にも精神的にも相当な痛手となりました。順調に進んでいた取引は、2020年春頃から一気に止まってしまい、コロナ前に比べて売り上げは半分以下に減少。取引先の閉業や停止が発生し、流通も滞るようになりました。

複数ある倉庫には、香港やシンガポールから届いた商品が保管されている。以前は香港からの船便は日本に着くまで1週間程度だったが、今は2~3週間かかることも。

「コロナ以降、影響なく出荷されている商品もありますが、ホテルのレストランや宴会などで使用されていた食材を中心に一部の商品は出荷数が激減し、大量の在庫を抱えていました」と当時を振り返る長瀬さん。特に1回目の緊急事態宣言では、社員一同不安な日々で、気分も落ち込んでしまいました。そんな元気のない社員の姿を見て陳さんは、「このままではだめだ!」と故郷の味である雲吞を作って社員に振舞ったのです。


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まさに香港の味「雲吞麺」

陳さんは先代から会社を受け継いだタイミングで、香港食材の輸入を始めます。そのきっかけとなったのが香港のソウルフードである雲吞麺でした。「私が日本に来た30年ほど前、日本で食べられていた雲吞麺は、雲吞も麺もまったく別物でした。自分が食べたい雲吞麺がないなら自分でやってみようと、15年前から麺の輸入を始めました。しかし、当時はまったく受け入れられませんでしたね。そりゃそうです。本物の香港の味を日本人は知らなかったんですから。ならば、もっとやってみよう。香港の雲吞麺を日本人に教えようと思ったんです」

実際のところコロナ前の近年は、海外航空券の販路が拡大し、気軽に海外に行ける環境が整っていました。現地の味を知る日本人が増え、ローカルの料理も知られるようになりました。さらに、日本に住む外国人が増えたことで、現地の調味料や食材も入手しやすくなっています。そう考えると、同社は先駆けとしていち早く販路を築いていたと言えるでしょう。

この数年は、香港のローカル喫茶店である茶餐廳の開業が東京を中心に増えていて、香港ならではの雲吞麺を提供する店もある。

日本の雲吞麺と言えば、挽き肉餡の雲吞の皮がひらひらとゆらぐ中華麺ですが、香港の雲吞麺は、プリプリのエビがパンパンに詰まった大ぶりの雲吞の中華麺です。特に麺が個性的で、食感が“まるでゴムのよう”と例えるほどに弾力があります。日本の一般的な中華麺と比べても、小麦粉のグルテン量の違いや、かん水を多く使用することで生まれる香港ならではの食感です。

「香港文記雲吞麺」。香港麺、雲吞麺スープ、香港エビ雲吞入り。香港人や香港好きの日本人からも、「この麺でなきゃ雲吞麺じゃない!」と太鼓判を押された雲吞麺は、まさに香港の味そのもの。


長瀬さんは陳さんの作った雲吞を販売しようと提案をしますが、陳さんは「いったい誰が食べるんだろう?」と疑問だったと言います。しかし、元々商品にあった麺と手作り雲吞をセットにすることで喜んでくれる人がいるはずと、販売に向けて動き出したのです。すでに季節は冬を迎えていて、年を越した2月には、旧暦の春節(日本でいう正月)を迎えようとしていました。

香港好きとつながる「ガレージセール」

年が明けた2021年1月に、東京・新宿区にある本社敷地を利用して、「ヨネチクガレージセール」を開催することを決定し、それに向けて商品準備を開始しました。小売りはもちろん、商品の小分けや個人向けに価格設定するのも初めて。手探りで作業を進めましたが、「コロナのせいで会社が暗くなってはいけない。仕事を作ろう!」をコンセプトに社員一同やる気をみなぎらせていました。

SNSで開催を告知。住宅街にある小さな会社に客が来てくれるのか?と不安だったが、多くの人が訪れた。会場は日本語だけでなく、香港の言語である広東語も飛び交っていた。

今までバイヤーや料理人からの意見しか知らなかった陳さんたちは、初めて消費者と交流することで刺激をたくさんもらったと言います。「日本にいる香港人には、ホームシックになった時、食べたいと思ったらすぐに食べられるように準備したい。それにしても、日本人は香港食材のことをよく知っているので驚いた」と陳さん。初めて尽くしのガレージセールは大成功でした。

その後も半年以上に渡ってガレージセールを開催し、新たに自社製商品を販売。陳さんは温めるだけで食べられる広東料理や香港料理を次々と開発していきました。やるとなったら、トコトン突き進む陳さん。料理もおいしいと大好評です。実は、陳さんのお父さんは潮州料理人。幼いころから食材に接し、料理のことを知り尽くした陳さんだからこそできる早業です。

自宅やレストランで楽しむ香港の味

ここで、おすすめの食材・料理をご紹介します。

官燕 燕の巣ホール
氷糖燉燕窩

フカヒレやアワビに並ぶ高級食材のひとつであるツバメの巣は、古来より重宝されていて、食材としてだけでなく、美容や健康のためにも愛用されています。アナツバメ類のうちジャワアナツバメなど数種のツバメの巣のことです(商品はインドネシア産)。乾物ですが、一晩浸水させることで柔らかくなります。ツバメの巣は高級広東レストランへ納入され、スープや煮込み料理に使用されます。また、自宅で楽しむならば「氷糖燉燕窩」がおすすめ。ツバメの巣を甘いシロップで煮たデザートです。

文記魚肉焼売
文記魚肉焼売(調理済み)

香港ではおやつ感覚で食べられている魚のすり身の焼売です。元々販売していた魚肉焼売を食べた香港人から「上品すぎる!もっと下品でなちゃ!」と意見があったほどに、親しみのある味。そのため、“下品”に改良されたそうです。食べ出したら止まりません。

「この状況下、回復の兆しは見えず、政府の施策にも振り回される形で、飲食業の人たちは大変苦労されています。今後についても希望が持ちにくい状況というのが正直なところです。しかし、非常に苦しい状況の中でも、皆さんとても頑張っています」とお二人。さらに陳さんは、「商売が前提ではあるが、人間同士のつながりを築いていきたい。フレンドリーな環境を自分たちから発信できれば嬉しい」と力強くおっしゃいました。

ヨネチク:http://www.yonechiku.co.jp/

ヨネチクラップマンストア:https://yonechiku.com/

伊能すみ子
アジアンフードディレクター/1級フードアナリスト
民放気象番組ディレクターを経て、食の世界へ。アジアンエスニック料理を軸に、食品のトレンドや飲食店に関するテレビ、ラジオなどの出演及びアジア各国料理の執筆、講演、レシピ制作などを行う。年に数回、アジア諸国を巡り、屋台料理から最新トレンドまで、現地体験をウェブサイトにて多数掲載。アジアごはん好き仲間とごはん比較探Qユニット「アジアごはんズ」を結成し、シンガポール料理を担当。日本エスニック協会アンバサダーとしても活動する。著書『マカオ行ったらこれ食べよう!』(誠文堂新光社)。



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