洋食の雄が、今伝えたい基本の「基」


フランス料理から洋食へフィールドを移し、「日本人にとっての洋食」を考え、答えを出してきた「グリル満天星」総料理長、窪田好直さん。オートメーション化が進む今だからこそ、手を使った基本の大切さを説く。

秋山氏との関係を近付けた紅茶とバナナ

「天皇の料理番」としてあまりにも有名な秋山徳蔵氏に可愛がられ、宮内庁の厨房にも出入りしていた窪田好直さんは、もともと新聞社のカメラマン。会社の食堂に手伝いで入っているうちに、大人数をさばく食堂のシステムを改善するなどと工夫する姿勢が厨房の責任者に気に入られ、料理人の道へ。「紹介でフランス料理を提供する『丸の内会館』に入りましたが、素人同然なのに、ブッチャーに回されて大変でした」と、笑う。その後も着実に経験を重ねるなかで、窪田さんにとってターニングポイントとなったのが、前述の秋山氏との出会いだ。

「皇室の鴨猟の際に提供する料理のお手伝いで、秋山先生とご一緒する機会がありました。朝早くから準備にかかる慌ただしい現場。きっと何もお腹に入れてないに違いないと思い、周囲の方に、秋山先生の普段の朝食メニューを伺ったところ、紅茶とバナナとのこと。そこで、その次の時にご用意したところ、秋山先生から『お前、よく知ってるな。大膳寮(宮内庁の厨房)に来なさい』と声をかけていただきました。そこからのご縁です」。こうして、「天皇の料理番」仕込みの基礎が培われていった。

新聞社のカメラマンから料理人になった異色の経歴。御年85歳ながら、昨年まで高校の授業を受け持ち、料理人の卵からも慕われる存在。

素材と人を観察して料理を調整していく

カメラマン時代の機転と秋山氏との出会い。ふたつのエピソードから見えてくるもの――それは、窪田さんの類まれなる「観察力」だ。状況や目の前の状態をしっかり見つめる窪田さんの「観察力」は、店において、ふたつのものに注がれている。ひとつは、「素材」だ。「日々、素材の状態は異なるので、素材をきちんと『見る』ことが重要です。たとえば、鶏の味が少し薄いと感じたら、前日から下味をつける。ひとつのやり方に固執せず、臨機応変に対応します。そのため、毎日、レシピを微調整しています」。

そして、視線の対象のもうひとつは、料理を食べる「お客さま」だ。「年配の常連の方に、ご挨拶がてら、今日は何を召し上がりますか?と聞く。その返事や体調によっては、優しい味付けに調整したり、ソースも軽くしようと判断したりします。いつもと同じものをただ作るだけではだめ。どんなお客さまが、どのような状態で食べるのか。食べる人が何を求めているのか。お客さまの身になって考えるべきです」。85歳になった今も、素材や人を見る目の輝きは健在で、毎日各店舗を回る。最近も、もっと上手にタマネギを切れないか奮闘する夢を見たという窪田さん。向上心の火を絶やすことはないようだ。

鶏胸肉に生ハムを巻き込み、チーズとパセリを加えたパン粉をまぶした「シュプレームパルメザン」。

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