【銀座 エスキス】料理をアップデートする 発酵の使い方

日本とフランスの発酵食品の違いに衝撃を受けた

Lionel Beccat
1976年生まれ、フランス・コルシカ島出身。ミッシェル・トロワグロ氏のブラッスリー「ル・サントラル」で料理の道を歩み始める。研鑽を積み、26歳で「メゾン・トロワグロ」のセカンドシェフに就任。2006年、ミッシェル・トロワグロ氏の任命により「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」のシェフとして来日。5年半、同店のエグゼクティブシェフを務め、2012年「ESqUISSE」をオープン。

日本の食材をふんだんに使用し、独自の世界観を持つフランス料理を提供する「エスキス」。オープンして6年、シェフのリオネル・ベカさんの日本食材への習熟度は増して、さらなる進化を遂げている。

その進化の一翼を担うのが、「発酵」だ。発酵食品の宝庫であるフランス出身のベカさんは、日本の発酵についてはどう考えていたのだろうか。
「もともと、発酵には興味を惹かれていましたが、取り入れてみようと思ったのは、日本に来てからです。1万㎞以上離れているフランスと日本では、空気中にいる菌も土壌も、発酵の歴史も違います。日本の発酵食品を食べたときに感じた、その違いは衝撃でした」

味噌汁など日本の発酵食品を食べたベカさんは、スッキリした味わいに衝撃を受けたのだという。フランスの発酵食品は、たとえばチーズのように、どちらかというと重く、濃厚な味わいのものが多いからだ。

発酵の個性は、異なる環境によって生じている。それを、身をもって理解したのだろう。発酵を用いたベカさんの料理は、フランス料理でありながら、日本の発酵を活かし、深く複雑な旨味が見事に加わる。
「発酵そのものが目的ではないので、とくに積極的に取り入れているわけではないんです。キュイソンと同様に、発酵も食材を料理にするための手段のひとつでしかありません」

そうは言っても、キュイソンのように発酵をコントロールすることは至難の技なのではないだろうか。
「発酵のしかたは、さまざまな条件によって毎回違います。腐敗しないような環境にするとか、思うような発酵へ持っていくことは、経験である程度まではできますが、あとは第六感に頼るしかありません。なぜなら、発酵というのは人間よりも先にこの世界に存在していたもので、私たちが『こう発酵しなさい』と命じるものではなく、『こう発酵するんだ』と、発酵が私たちに教えてくれるものなんです」

発酵器などの機械を利用して、もっと手軽に発酵を取り入れることもできるだろう。しかしベカさんは、それをしない。
「私は発酵の状態を見て、香りを嗅いで、人間の『勘』を一生懸命働かせて取り組むのが発酵だと思っています。人間にすべてコントロールできるものではないんです。正解はないので、失敗を恐れずに、寄り添って観察するのが私のやり方です」

トライ&エラーを重ね、調理法のひとつにまで数えられるほど研究したからこそ、ベカさんの作り出す皿において、発酵は素晴らしい役割を果たしている。

マスカットは手でつぶす。種の周りにある酵母が重要だという。
発酵に必要な菌と酵母を得るために、麹を使う。
Intuitions
海が見えるワイナリーのヴァンダンジュをイメージしたひと皿。金目鯛のミ・キュイ、添えられたソースやサワークリーム、マスカットなど、それぞれに発酵食材が用いられている。目に見えなくとも発酵がネットのように組み合わさって全体を包み、調和がもたらされる。

日本とフランスの
地理的な発酵のマリアージュ

今回、料理に使う発酵のために用いられた食材は、マスカット、リンゴ、クルミ、パン・ド・カンパーニュ、麦味噌、そして麹。必要な味を作り出すために、それぞれが役割を担っている。
「メインの甘味になるマスカットは手でつぶして、皮と種もそのまま使います。これは、皮や種の周りにある働きが活発な菌も使うためです。リンゴも同様に使いますが、不要な酸味が出る皮はむいて使います」

聞いていると、食材の発酵を、よく観察していることが窺える。
「麹だけだと発酵が弱いので、活性化させるために天然酵母のパン・ド・カンパーニュも加えます。これはフランスのもので、麹は日本のもの。ふたつは地理的に違いますが、お互いに殺し合うことなく、よい発酵へ向かっていくんです」

さらに、発酵促進の酵母を得るためのクルミ、フランス料理ではほとんど使わない麦味噌が加わる。
「フランスで昔から親しまれている麦と、日本の発酵食品である味噌を併せ持つ麦味噌を入れることで、日本人が違和感を持つ味になりません。また、しっかり塩が入った発酵食品を加えることには、腐敗を防ぎ発酵を安定させる役割もあります」

発酵した食材たちは、パッセした液体のみが料理の随所に使われる。発酵が前面に出るわけではなく、独特の香りなどはほとんど感じられない。ただ、発酵の持つまろやかな旨味が、ほのかに料理全体を包んで調和している。自分は発酵の1割ほどしかわかっていない、とベカさんは謙遜するが、研究の積み重ねと、自然や発酵へのリスペクト、さらには感性によって、ほかにはない発酵使いが導き出されているのだろう。

「自分にとって発酵は、自分の経験と、微生物の働きなどの生物的なものと、自分がどこで生まれて今ここにいるという地理的なこと、それら3つを結び合わせるものです」と、ベカさんは言う。経験に基づく、フランスと日本の地理的なマリアージュ。それは日本人でもおいしく感じられるフランス料理に、劇的な調和をもたらす。そしてそこには、発酵の力も作用しているのだ。

発酵食材

発酵させるのは、マスカット、麹、カンパーニュ、リンゴ、クルミ、そして麦100%の麦味噌。
食材を袋に入れて密閉し、冷暗所で自家発酵させる。透明な袋なので、発酵の様子はつねに見える。
発酵食材には、発酵を活性化する麹とカンパーニュを入れる。日本とフランス、両方のよさを活かすために地理的な発酵を意識しているという。

腐敗を防ぐには

麦味噌を加えるのは、よい発酵をしている食材の力を借り、腐敗を招く菌を寄せつけないため。経験から導き出した腐敗対策だ。
食材を発酵させたものをシノワでパッセして、発酵液のみを使う。パッセするとき、押しつけてピュレにしてしまうと雑味が出るため、ていねいに行う。
エスキス
ESqUISSE

東京都中央区銀座5-4-6
ロイヤルクリスタル銀座 9F
03-5537-5580
●12:00~13:00LO、18:00~20:30LO
●日夜休
●コース 昼11000円~、夜22000円~(税込・サ別)
●46席
www.esquissetokyo.com
※2019年1月リニューアル予定