名匠のスペシャリテ「ヌキテパ」田辺年男さん

磯と海をそのまま届ける究極の雑魚スープ

今朝、底引き網から三崎港に上がったばかりの雑魚が5キロばかり。スープの素材はこの新鮮な小魚たちと、捨てるにはもったいないカサゴやスズキなどの頭や内臓なんですよ。じつに素朴で荒々しいスープです。

カサゴやスズキなどの頭は叩いてつぶす。これと雑魚を平たい大鍋で水煮する。雑魚についている海藻なんかも一緒に。ポイントはと言えば、魚の臭み取りだよね。サフランは高価だけれど、惜しみなく使います。水煮するときの水はバジルやローズマリーなど魚に合うハーブ水。調味料は塩だけですよ。塩を入れるとアクが出てくるので、それを丁寧にとる。まあ、取りすぎてもよくないんだけど。煮る時間は10分ほど。それを、円錐形の深型メッシュのスープ漉しの中に入れて、根気よくつぶして漉す作業を繰り返す。フードプロセッサーのようなものも使ってみたけれど、やっぱりシンプルなスープ漉しで手作業するのが一番だった。スープの最後の仕上げに使うのは、水塩。塩が溶けるギリギリの量の水で溶かした水塩を自分で作ります。塩は北海道の塩ですが、ごく普通の塩ですよ。たまたま早くにいい塩に出会えたので、ずっと使っています。じつは、僕は魚屋の息子で、売れ残りの魚ばかり食べさせられて育ったせいで、魚は好きじゃなかった。その僕を一変させたのが三崎の魚だった。渡仏する前のことでした。偶然、三崎で上がったばかりのイワシを、酢でシャバシャバっと洗ったものを食べさせられた。これが何とも旨かった。僕が毎朝、三崎港で魚を仕入れる原点は、ここにあるんです。

心底、料理人として生きていこうと思ったのは、フランスに行ったからかなあ。そこには「自由」があった。僕は形にはまったことができない。フランスでじっと観察していたら、その日に届く食材によってメニューが変わる。付け合せの野菜も、その日の一番新鮮なものに変わる。「料理は『自由』でいいんだ!」。

31歳で一生の仕事が決まりました。 このスープは南仏の地中海を臨むトゥーロンが故郷。ブイヤベースの発祥の地はマルセイユと言われているけど、じつはトゥーロン。魚介のスープは、じつに旨い。あの味を再現したいと思って試行錯誤しました。ただ、僕のように三崎の雑魚を使う人はいないと思う。僕も最初は雑魚という発想はなかったので、カサゴやらイサキやらを使ったこともあります。しかし、これだと味が単調になってしまう。トゥーロンでは浜に上がったものを何でも入れていたな、と思い出して雑魚を使ってみた。ただし、絶対に新鮮な雑魚でないとダメ。三崎の雑魚のおかげで、磯と海をそのままぶち込んだ、僕の味ができた、と思います。

原始人が使ったのは素材と火加減だけでしょ。小細工せずに、繊細に、ダイナミックに。これが僕のやり方。

僕のところから巣立っていった若い人は、九州から仙台まで人ほどいて、皆しっかりと自分の店をやっていますが、客足が途絶えたと聞くと、「このスープを出せ」と助言します。そうすると客足が戻る(笑)。

フランスで「自由」を知り、料理で自己表現できることを、今、改めて幸せだと実感しています。

【レシピ】スープ・ド・ポワソン 〝レ・フレタン〞

材料(10人分)

ミルポア(タマネギ、フヌイ、ニンジン)…計200g/オリーブオイル…大さじ2 /雑魚(5、6種類)…計2kg/白ワイン…200cc/サフラン(乾燥させて粉にしたもの)…大さじ1/トマトペースト…大さじ1 /荒塩…1つかみ

香草のブイヨン
水…2 ~2.5L/香草(タイム、ローリエ、バジル、フェンネル、アニスなど魚にあうもの)…50g(ドライの場合は40g)

水塩
水…1L/塩…250g

作り方

  1. ミルポアをスライスして、オリーブオイルでシュエする。
  2. 1がしんなりしたら雑魚を加え、白ワインをふりかけて、蓋をして蒸す。
  3. 火が通ったら蓋をとり、サフランとトマトペーストを加え、さらにシュエする。
  4. 香草のブイヨンを作る。水を沸騰させたら、火を止めて香草を入れ、5~6分おいて冷ましたものを裏ごしする。
  5. 3から良い香りが出てきたら、4の香草のブイヨンを2~2.5Lを注ぎ、沸騰させる。荒塩を加えて、最初に出たアクだけをとり、強火で10分ほど煮て、シノアで小骨などをとりながら濾す。
  6. 水に塩を入れて沸騰させ、常温にもどしておいた水塩で味を整える。好みでメルバトースト、ルイユ、グリエルチーズ(分量外)を添える。

Toshio Tanabe
1949年生まれ。茨城県出身。大学時代は体操のオリンピック候補に。その後日本バンタム級のボクサーという異色の経歴を経て、29歳でフランスへ。「ラ・マレ」「エスペランス」「ヴィヴァロア」などで修業。帰国後40歳で独立。「あ・た・ごおる」を経て、現在に至る。神奈川県三崎港の新鮮な魚と有機低農薬の野菜のみを素材に、料理で「自己表現」する。存分に引き出された素材の旨みが食通をうならせる。


長瀬広子=文  星野泰孝=撮影

本記事は雑誌料理王国2013年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2013年1月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。