【カンテサンス】3つ星を支える3つの要素

「三ツ星」を支えるのは貪欲な進取の気性と伝統への敬意

岸田周三さん レストランカンテサンス

 四角形の平らなプレートに、まるでオブジェのように盛られたひと皿。一見、スタイリッシュで冷たく無機質にも見えるが、これこそ、「レストランカンテサンス」のオーナーシェフ、岸田周三さんの経験と努力の結晶。心のこもったひと皿だ。

修業時代、フランスの文化と伝統を心身に刻んだ

 朝9時半から鳴り止まない予約の電話が、「三ツ星」の実力を物語る。岸田流の料理が、単なる奇抜な目新しさだけをよりどころにしていないことの証だ。伝統料理を作っているわけではないのに、「フランス料理の伝道師」とも評される岸田さんには、何よりも〝伝統と基本〞にこだわった時期があった。

 生まれ育った愛知県に近い観光ホテルのレストランを修業の出発点として選んだのは、〝地産地消の考え方で地元の食材を知ろう〞との思いから。そこでは3年間、徹底的にアワビ、カキ、伊勢エビ、松阪牛の扱い方と調理を学んだ。次に目標としたのが、フレンチの伝統的調理法の体得。休日に上京しては、目当てのレストランを食べ歩いた。90年代は、スターシェフが続々と登場した時代。有名シェフのもとでの修業を望む人は多かったが、22歳の岸田さんは、教科書そのままの料理が学べる店を捜し続けた。

「シェフの考え方を理解するには3、4年はかかりますから、修業した店の数は少ないんです。でも、どの店でもよい勉強をさせていただきました」

東京、恵比寿にある「カーエム」で基本を叩き込まれた後、26歳で渡仏した。30歳でシェフになろうと決めていたので、あまり猶予はなかった。そして、この渡仏こそが岸田さんの視野を広げ、モダン追求へのきっかけとなった。伝統と格式を重んじるフランス人シェフたちは、一方で、誰よりも柔軟な発想の持ち主だったのである。

フレンチの新時代を感じさせると評判の店内のインテリア。テーマは「コアシンプル」。銅版のブロンズ色とローズウッドの赤褐色で統一感を出している。

調理法や素材の見極め方は時代とともに変えるべき

「皿の上にソースがない」。渡仏して、これが最大の驚きだった。日本では当時、「フランス料理はソース」だったのだ。しかし、本場の料理人たちに訊ねると、「ソースがないとフランス料理じゃないというならスープはどうなる?」と、逆に質問された。カルチャーショックを覚えた。フランス料理の世界は意外なほど自由だった。

ただし、岸田さんの料理にソースがないわけではない。新しさによって、旨さを失ってはならないとも思う。火入れなどの新しいテクニックにしても、取り入れる理由は、「そうしたほうがおいしいから」で、目新しさや話題性は求めない。また、食材の旬や鮮度については自らの舌で確かめる。たとえば、フルーツトマトの生産量は夏がピークだが、もっとも糖度が高くておいしいのは産地にもよるが3〜5月。同様に「春の魚」と書く鰆の脂ののりがよいのは、春ではなく秋から冬にかけて。旬のとらえ方も、時代とともに変化しているのだ。さらに、厳選した食材が、ゲストの口の中でどのように混ざるかの検証も重要だ。ブレない味を提供するため、ひと皿にあまり多くの食材を使わないようにしている。「素材の組み合わせが多過ぎると、自分がイメージする味にならないのでは、というリスクがこわい。僕が味わったおいしさを追体験してもらうことに意味があるのですから」。

たゆまぬ努力と検証、気配り。いい意味での畏れ……。三ツ星店に欠かせない条件はたしかに揃っている。

恩人とも呼べるシェフが、「お前はもう私たちと同じレベルなんだから敬語はよせ」と言ってくれるが、「先輩に対してそれはできない」と笑う。シャープでモダンなひと皿に秘められた料理への情熱。自身に対して厳しいからこそ、料理界を牽引してきた先輩たちに対しても熱い思いで接し、敬意を払い続ける謙虚さ。それもまた、岸田さんの進化と発展の秘訣である。

高知のトマトとフォワグラのコンフィ、トリュフとコシアブラ
フォワグラは、かたまりのままマリナードに2日間漬けてから、一度沸かしたマリナードの中で加熱。それを冷ました後、脂を掃除してポーションに分ける。トマトはコシアブラ、オリーブオイル、レモンのジュ、ヴィネーグル・ド・シャンパーニュで味を整える。盛り付けのポイントは、トリュフのクリームを大きく盛ること。

Shuzo Kishida
1974年、愛知県生まれ。93年から志摩観光ホテル「ラ・メール」で修業し、96年には「カーエム」へ。2000年に渡仏して、ブラッスリーから三ツ星まで数軒のレストランで働く。 05年帰国し、翌年、「レストラン カンテサンス」をオープン。 07年から、ミシュラン三ツ星を維持し続ける。

上村久留美=取材・文 依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国221号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 221号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。