名匠のスペシャリテ「ル・マンジュ・トゥー」谷 昇さん


時代を超えて愛され続ける名匠のスペシャリテがある。
「ル・マンジュ・トゥー」の谷昇氏による「ペルドローのローストとそのジュ トランペット茸とココブランのプティココット」。

素材に素直になればなるほどシンプルになる

不遜な言い方ですが、店には各地の名人から、惚れ惚れするようなジビエが送られてくるんです。

今シーズン初のコルヴェール(青首鴨)は宮城からで、梱包を開けたとたん「おお!」と思わず声を上げました。それは今、まさに飛び立たん姿で横たわっていたんです。シベリアから渡って来て、胃の中には米が入っていた。毎年、季節が巡ってジビエに出会うと、彼らの命をいただいているのだ、と心底実感します。「昨晩は月夜で、狸の目が光っていたから鴨は逃げてしまい、1羽も獲れなかった」なんて言う名人の話を聞くと、北国の寒空の下での苦労がしのばれて、生半可な気持ちでジビエは扱えませんよ。

60歳を越えた現在、あと何回、ジビエを料理できるのか、とも思うし、今、このときを大切に思ってガス台の前に立つ。僕の人生は、その瞬間にあると思っています。

 ジビエは熟成が旨いという人もいますが、僕は熟成させない。腐敗と熟成の境が分からないので、すぐにさばく。このナイフは、40年間使い続けていて、自分の手のような感覚になっています。

 ジュ・ド・ジビエ・ア・プリューム(野鳥の骨を焼いたものから取る出汁)がジュ(ソース)の基本です。僕のジビエは、シーズンごとに変化するので、2012年バージョンは、白いジュ・ド・ジビエ。あのお米を食べていた美しい野鴨に出会った瞬間、今年は白いジュでいこう、と直感したんです。

 ジビエの季節には、1週間に40羽前後の野鳥をさばきます。大量に出る骨を水分が飛ぶまでゆっくり焼いて、それを寸胴に入れてコニャック、ノイリープラット(ベルモット)、水を加えて、水が対流するスペースをつくり、アクをとる。静かに対流する温度を保って6時間煮出します。

 ペルドローの焼き色は、美しく仕上げたい。それには発煙点が200℃を超えるサラダオイルで手早く焼くことが肝要です。それでも、どうしてもいぶし臭もついてしまうので、それを消すために、僕はフライパンを洗って、バターが泡立っている火加減を保ちながら、バターでペルドローのいぶし臭を洗ってあげる。さらに、サラマンダーでゆっくりと火を入れます。

 そして、盛り付け。僕の若かった頃のフランス料理の盛り付けの基本はシンメトリーなんですが、僕は好きじゃない。大切なのは、テーブルに運ばれたときのお客さまの視線。だから、盛り付けるときは、必ず皿の正面45斜め度の位置から見ています。トランペットの黒が効いていると思っています。

 この料理はじつにシンプルです。素材に素直になればなるほど、料理はシンプルになる。大陸の文化は、ワインに代表されるように液体の文化。しかし、日本は水の文化です。水で米を作り、その米で酒をつくる。この日本で育った僕の感受性がつくるフレンチは、フランス料理本来の絢爛豪華な〝ねじ伏せる料理〞とは、少し違うのではないか、とは思っています。

 来年も再来年も、美しいジビエに会いたいですね。

ペルドローのローストとそのジュ トランペットとココブランのプティココット
ペルドローにはグリー(灰色)とルージュ(赤)の2種類があるが、今回はグリー。絶妙なローストで仕上げた胸肉とささ身の食感が、まろやかなジュに纏われて舌の上に至福のひとときを運ぶ。

谷 昇 Noboru TANI
1952年、東京・新宿生まれ。六本木の「イル・ド・フランス」で料理の道へ。24~25歳をパリで、37歳でアルザス地方の三ツ星レストラン「クロコディル」と二ツ星レストラン「シリンガー」で修業。帰国後、六本木「オー・シザーブル」でシェフを務め、1994年に独立。「ミシュランガイド東京・横浜・湘南」で6年連続2ツ星に輝く。 2012年「辻静雄食文化賞専門技術者賞」受賞。


長瀬広子=取材、文 依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国第257号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第257号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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