2025年2月10日(月)から28日(金)にかけて、都内10店舗で「とっとりジビエレストランフェア2025」を開催する。開催に先立ち1月22日(水)、レストランフェアの参加店舗でもある西麻布「TOUMIN」で、井口和哉シェフによる「とっとりジビエ料理講習会」が実施された。料理王国アカデミーに所属する10名の料理家が参加し、鳥取産シカ肉を使ったジビエ料理3品を学んだ。
丁寧な取り組みが生む、おいしくてヘルシーな「とっとりジビエ」


講習会冒頭では、鳥取県食パラダイス推進課の田中恭子さんにより鳥取県の紹介と、県下でのジビエの取り組みや現状についての説明が行われた。
鳥取県ではシカやイノシシによる農作物被害や、シカが山の植物を食べ尽くすことで土砂災害の原因となるなど、さまざまな獣害が大きな問題となっている。その対策のひとつとして捕獲が進められるとともに、全国でもいち早くジビエとしての有効活用に取り組んできた。
ジビエは捕獲方法や処理の仕方によって品質や味わいを大きく変える。鳥取県では衛生管理の優れたジビエ処理加工施設を「鳥取県HACCP適合施設」として認定するほか、制度を設けてジビエハンターの育成や解体処理の研修なども行い、ジビエの普及を推進している。

「鳥取の大自然に育まれたジビエは肉質がよく、シカ肉は低カロリー、高タンパクで鉄分が多く、イノシシ肉はビタミン Bを豊富に含むヘルシー食材ですので、アスリートの食事に向いています。同じ理由から、美容やボディーメイクにも有効な食材としても広く注目を集めているんですよ」と田中さん。
県内には常時ジビエを取り扱うスーパーマーケットもあり、安定した売上を維持している。また、品質管理基準が非常に厳しい学校給食でもジビエは定期的に採用されている。カレーやイノシシ汁などに料理され、子どもたちの人気メニューとなっていることなどを紹介すると、会場からは驚きの声が上がった。

この日講師を務めた井口和哉さんは、兵庫県の香美町という鳥取県にほど近い町の出身。普段から山陰の食材を積極的に採用し、今回使用したとっとりジビエのシカ肉も慣れ親しんだ地域の食材のひとつだ。
「シカ肉はエゾシカが有名ですが、とっとりジビエはニホンジカで種類が異なります。エゾジカよりもニホンジカの方が癖がなく食べやすいので、ジビエ初心者にもおすすめです」。
井口さんはこの日のために、料理教室や家庭でも再現しやすいレシピを考案。デモンストレーションでは、シカ肉の基本的な扱い方から留意点などが、シェフならではの細やかな視点で伝えられた。参加者たちは各自メモや写真をとり、調理手順や調味料の選び方、調理器具の手入れ方法までさまざまな質問が飛び交い、終始和やかな雰囲気の中で実演が行われた。
会場に集まった食への関心が高い料理家たちでもジビエの調理経験はほとんどなく、新たな食材の扱いを知る有意義な機会となったようだ。
“肉質の良さ”が際立つ「鹿肉のタルタル」

低温でギリギリの火入れをしたシカ肉のタルタルは、弾力のある歯応えの後にとろける食感。
「シカ肉は大変デリケートな食材です」。井口さんのそんな言葉でスタートしたデモンストレーション。1品目は「鹿肉のタルタル」を披露した。
シカ肉は生食不可。とっとりジビエとして出荷されるものは、細菌検査などをクリアしているが、牛や豚と同様に生食は食中毒の危険性がある。
しっかり火を入れたいが、火が入り過ぎると炒めすぎたレバーのように鉄分特有の苦味やパサつきが出てしまう。「調理の難しい食材ですが、火入れ加減さえ間違えなければ、とてもおいしく楽しめます。今日は失敗しにくい調理方法を考えてきました」。


使用するシカ肉はロース。「タルタルは口当たりが重要なので、不要なスジを取り除いていきます」。ここで取り除いたスジは、後ほどコンソメで使用する。
ロースを5mmの厚さにスライスし耐熱袋に入れる。そこに、たっぷりのひまわり油をそそぐ。袋と肉がくっついていると台無しなので一度揉んで、しっかりと肉の周りを油でコーティングする。55℃の湯煎で30分間火を入れる。


オイルはひまわり油のようなクセのないオイルがベスト。オイルと合わせてゆっくり熱を入れることで繊維にまで熱が浸透し、肉質が柔らかく仕上がる。「オイルで茹でるようなイメージです。あふれる肉汁も最小限になり旨みを逃がしません」。30分湯煎したシカ肉の弾力を確かめる参加者。シカ肉を袋から出し、油を切る。


油を切ったシカ肉を5mm角に切る。「中までしっかり火が通っていますね。湯煎の時に袋の中で肉が重ならないようにするのも大切です」。今回タルタルには菜の花を合わせた。茹でて氷水に落とし水気をしっかりと切ったものを刻む。「お好みの旬の野菜を合わせてください」。


味付けは、かんずりのエミルション。エミルションとはフランス語で“乳化”のこと。上越地方の伝統発酵調味料の“かんずり”に卵黄、水と太白胡麻油を合わせて乳化させる。
「手で混ぜるより油を減らせるので、できればハンドミキサーの使用が好ましいです。卵白は、今日はこの後のコンソメで使いますが、余らせたくない場合は白身にだけ少し熱を加えてから合わせると良いでしょう。このソースは1週間くらい保存も可能です」。
最後にカカオのクランブルを添え、食感を加える。ジャガイモを少し厚めにスライスし、少し長めに素揚げした後に、ガリガリ食感を残すサイズにみじん切り。そこにカカオニブや白胡麻、スモークパプリカパウダー、塩を合わせる。「デュカのようなイメージですが、あくまで添えるのは食感。シカ肉の味わいを感じてほしいので、強いスパイスは不要です」。
シカの繊細な香りと味わい、心地よい弾力が感じられるひと皿が完成した。
現役ハンターが語る、とっとりジビエがおいしい理由

デモンストレーションでは、猟師の活動についても学んだ。日本に13人しかいない農林水産省認定のジビエハンター育成研修講師でもある猟師の山本暁子さんは、軽トラに乗って一人で山へ行き、年間約200頭を捕獲する。
「私のように小柄な女性でも知恵と工夫と道具さえあればできます」。山本さんは銃を使うこともあるが、基本的には罠猟を行う。シカが歩くところに罠を仕掛けて足をひもでくくる方法だ。シカを持ち上げるのは困難なため、軽トラよりも高い位置に罠をかけ、ソリを使って運び、高いところから降ろすという作業にする。軽トラに乗せる際には電動ウィンチや滑車など、女性の力でも持ち上げられる仕組みを活用する。
「少し生々しい話をしますが、どうやったらおいしいジビエになるか。それは、シカをいかに痛がらせず苦しませずに止め刺しするかにかかっています」。止め刺しというのは殺し方のこと。シカが痛がったり苦しんだりすると、肉質は格段に落ちる。また、シカは傷つきやすいため、引きずらないようにソリを使って運ぶなど、細やかで丁寧な扱いがおいしさにつながる。
山本さんはハンター育成も行い、女性ハンターも全体の1割程度に増えてきたという。「私たちがとっとりジビエはおいしいと自信を持って言えるのは、第一に腕利きの猟師が目利きと正しい止め刺しをしていること。第二に、高い技術で解体処理を行っていること。第三に、県が古くからハンターの育成や解体技術の研修に力を入れていること。だから、おいしいジビエを届けられるんです」。
シカ肉の“旨み”が詰まった「鹿肉のコンソメ」

デモンストレーション2品目は「鹿肉のコンソメ」。
「コンソメは、フレンチの技法が詰まった料理なので、ぜひスープをメインに味わっていただきたい。具なしでも十分に味わい豊かなひと皿ですが、今回はシカ肉のラビオリを合わせます。ラビオリの代わりに、おひたしのような茹でた野菜もよく合います」。



一番出汁のようなイメージで、シカのミンチ肉でコンソメを引いていく。
シカ肉をミンチにし、塩、卵白の順に合わせる。卵白にはアクを引き寄せる作用があり、不純物を吸着する役割。塩もまた味付けではなく、吸着をサポートする目的で使用。しっかりと粘り気が出るまで混ぜ合わせる。
「フレンチのブイヨンの場合はここに香味野菜を合わせますが、今日はシカ肉の旨みをストレートに感じていただきたいので余計なものを使いません」。




「コンソメをひく時は鍋のサイズも重要です。卵白のタンパク質が不純物を吸着して浮いてくるので、ベースとなる水やスープが浮かび上がれるくらいの深さになるように」。
事前に用意しておいたカツオ出汁に、卵白と塩を混ぜ合わせたミンチ肉を入れる。卵白が固まる70℃になるまでずっと混ぜ続ける。「混ぜないと肉団子のような塊ができてしまい、クリアなコンソメになりません。鍋底に肉がつかないように、丁寧に混ぜて温度を上げていきます」。
出汁が60℃まで温まったらミンチを投入。混ぜていくと濁ったピンク色になる。70℃になり、卵白に火が入り出すと、赤いけれど濁りは澄んでくるので、ここから完成するまで一切鍋に触らない。表面がぽこぽこするまでは中火で、肉が固まってきたら弱火でじっくり1時間炊いていく。スープが透明になったら味をみる。「旨味が出ていれば完成です」。


スープを濾していく。「せっかく澄んだスープに仕立てたので、最後まで丁寧に。クッキングペーパーを敷いたざるに、できる限り肉を崩さないようにレードルで少量ずつすくいながら濾していきます」。黄金色のスープの完成に、会場からは感嘆のため息が漏れた。
「今回はシカ肉でつくりましたが、脂の多くない肉であれば、同じ方法でどんな肉でも、もちろん魚でもできます。赤身を使っていますが、やはり脂は少し出ます。脂から肉の香りを感じるので、香りを抑えたい場合は天ぷらに使う天紙などで丁寧に吸い取りますが、今回は活かします」。




具のラビオリには、シカの内もも肉を使用。今回はフキノトウで旬の香りをプラス。バターを吸わせるように炒めたフキノトウをみじん切りに。シカ肉は包丁で粗く叩き、塩麹と刻んだ生胡椒、フキノトウを合わせ、しっかりと混ぜ合わせる。餃子の皮でファルス(ラビオリの具材)を包み、茹でたら完成。
「このラビオリはシカ肉の味わいがしっかりあるので、ミネストローネのようなトマトベースのスープにも合います」。

シカ肉のふんわりと上品な香りと、染み渡るような旨みに満ちたひと皿。
シカ肉の“滋味”を味わい尽くす「鹿肉の炭火焼き」

しっとりとジューシーな鹿肉の炭火ローストは、箸でも切れるやわらかさ。噛むほどにシカ肉の滋味があふれる。
最後のひと皿はシカ肉の内もも肉を使用した、シカ肉料理の定番のロースト。「ジビエはフルーツがよく合うんです」と金柑のコンポートと、サツマイモのフリットを添えた。
タルタルと同様の方法で、内もも肉はひまわり油と合わせ、55℃の湯煎で2時間低温調理。「低温調理時に塩を振るとサクッとした食感に仕上がります。今回はしっとりとなめらかな鹿肉らしい食感に仕上げたかったので、塩は最後の焼く時に」。内側は火が入っているので、周りに炭火で焼き目をつけていく。
「厚みにもよりますが、55℃だと1時間でほぼ中心まで火が通ります。3時間を超えるとハムのようになってしまいますが、調理時間がそこまでシビアではないので誰でも挑戦しやすいひと皿です。オイルで茹でると旨味が逃げず、噛んだときに繊維がほぐれるので、旨みがあふれ出します。今回は炭火で仕上げましたが、バターで仕上げるのもおすすめです」。
ジビエのおいしさは「信頼」

参加者の中には、ジビエ特有の臭みを経験したことがある人も多く、品質の見極め方や臭みがあった場合の対応についての質問もあった。
「臭みがある場合、ハーブなどを合わせるのはもちろん有効的ですが、臭みを消すために何かを加えるというのは、僕はあまり好みません。料理はポジティブなものでありたい。ローズマリーが好きだからといった理由で、合わせるのはいいと思います。
山本さんのお話にもありましたが、僕はジビエのおいしさは“信頼そのもの”なんだと思っています。信頼できる猟師さん、信頼できる解体所、信頼できる産地のものを選ぶことがとても大切。ジビエを購入する際、食べる際には、どこで何を食べて育った動物なのか、どういう処理が行われているものなのかを知れば、大きな失敗はしないと思っています」と井口さんは語った。

デモンストレーション後に料理を試食した参加者たちからは、「タルタルはお刺身のようにフレッシュで、臭みのかけらもない」「和食のすまし汁のようなスープ。味わったことのないこの旨みがシカ肉本来の味なんですね」「これまで食べたシカ肉と比較にならないくらいおいしいロースト。これなら、牛よりもずっと好きです」といった声が上がり、新たな体験を得られたようだ。講習会を終了後には、自身が主催する「レッスンでも取り扱ってみたい」と、山本さんらとっとりジビエの関係者に食材の入手方法を確認する姿も見られた。
2月にはとっとりジビエを使ったフェアが都内10店舗で開催予定だ。さまざまな料理人の技と個性が表現された料理の数々は、貴重な経験と新たな発見の機会になるだろう。このチャンスを逃さずに、めくるめく“とっとりジビエ”の世界を体験したい。

text, photo: 君島有紀