2025-12-19

「沖縄アグー豚」料理講習会レポート|伝統と技術の交点

料理講習会
agu pork seminar at yakumo uezu by Cusine kingdom academy

沖縄県が誇るブランド豚「沖縄アグー豚」をテーマに、沖縄県農林水産部と八雲うえずの ミシュラン一つ星シェフ上江洲直樹(うえず なおき)氏を講師に招き、沖縄アグー豚料理講習会を開催した。料理王国アカデミーのオフィシャル料理家10名が参加、その歴史や上江洲料理長の料理デモ、そして試食により深い学びの時間となった。

テーマ食材:沖縄アグーブランド豚

講習会は、沖縄県農林水産部・畜産課の渡慶次(とけし)氏と中山氏のアグー豚の解説からスタートした。
アグー豚の起源は、約600年前の琉球王国時代に遡る。中国(明)から渡来し、沖縄の食文化を長きにわたり支えてきたアグー豚。しかし、第二次世界大戦時に国内で唯一戦地となったことや戦後の西洋豚の普及により、その血統は途絶える寸前にまで追い込まれた。
一方、1980年頃から沖縄県内におけるアグー豚の残存状況の調査を県をあげて行い、在来豚に近い形質を持つ個体を探し出した。そこから、戻し交配によって系統を復活させることに成功した。

生産者の想いを料理家へ。アグー豚の歴史的背景や肉質の特徴を熱心に語る、沖縄県農林水産部の渡慶次氏(左)と中山氏(右)。

この復活の経緯こそ、アグー豚が単なる食材ではなく、沖縄の歴史と食文化を背負う存在であることを示している。
そして現在は、「沖縄県アグーブランド豚推進協議会」が厳格な定義を設けている。アグー同士の交配で生まれた純血統の豚を「沖縄アグー豚」、そしてこの沖縄アグー豚のオスと西洋豚のメスを掛け合わせた豚を「沖縄アグーブランド豚」と定義。一般的に流通しているのは後者の沖縄アグーブランド豚で、純系の希少性を守りつつ、アグー豚の優れた肉質を安定的に供給するための仕組みだ。

融点の低い上質な脂身と旨味の濃い赤身のバランスが、アグー豚ならではの味わいを生む。

沖縄アグーブランド豚の肉質は、科学的な分析でも特徴が示されている。一般的な三元豚と比較して、不飽和脂肪酸、特に旨味成分であるグルタミン酸などの遊離アミノ酸が豊富に含まれる。これにより脂身は香り高く、融点が低く、後味は軽やか。赤身はジューシーで濃厚な味わいを持ちながら、苦味や雑味といった要素が少ない。
さらに飼育方法もその味わいに大きく影響する。一般的な豚の飼育期間が約180日であるのに対し、アグー豚は230日から250日と、1〜2ヵ月ほど長く飼育される。成長が緩やかなため、生産効率の面では不利だが、この時間が赤身にしっかりとした味を蓄えさせ、脂肪の質を高める。

一品目:沖縄アグー豚の丸仕立て

講習会の一品目を飾ったのは、アグー豚の繊細な旨味をストレートに味わえる、「沖縄アグー豚の丸仕立て」だ。
「『丸仕立て』は、本来スッポンを用いたスープを指す言葉ですが、和食では鰹と昆布以外の動物性素材から引いた出汁のこともそう呼びます」と、上江洲氏は口火を切った。
まず手に取ったのは、アグー豚のフィレ肉。筋と余分な脂を丁寧に取り除いていく。そしてその筋と脂は、豚出汁の材料として活用。鍋には筋と脂、水、酒、そして昆布が入れられ、静かに火にかけられる。沸騰して浮き上がったアクをすくうが、その量は驚くほど少ない。
「アグー豚のアクは一回取ってしまえば、後はほとんど出てこないんです」と、上江洲氏は補足する。

豚の筋と脂から丁寧に旨味を抽出。雑味のない、琥珀色に輝くクリアな豚出汁。

豚出汁に合わせるのは、丁寧にとった一番出汁。利尻の蔵囲昆布を水に一晩浸け、55℃で1時間かけて旨味を抽出する。その後シェフはあえて一度静かに沸騰させる。「沸かすことで昆布のぬめりやアクが浮き上がり、より澄んだ出汁に仕上がります」と上江洲シェフ。沸騰直後に火を止め、鰹節を加えて香りを移す。この二つの出汁を合わせることで、豚のコクと一番出汁の繊細さが重なり、奥行きのある味わいが生まれる。

お椀のあしらいには、沖縄の特産品であるヘチマを合わせる。

皮を剥き、食感を残すため1cm幅の輪切りに。

上江洲氏曰く、下茹でに1時間近く要する冬瓜とは異なり、「ヘチマはさっと10分ぐらいで火が入る」のが利点だという。その短い時間で、繊維はとろりととろけるような食感に変わり、出汁の旨味をたっぷりと吸い込む。

主役のフィレ肉は、火入れが極めて繊細な部位だ。加熱しすぎれば、その豊かな風味はすぐに損なわれてしまう。そこで上江洲氏が選択したのは、二段階の火入れだ。
まずは完成した合わせ出汁の中で、薄くそぎ切りにしたフィレ肉を“しゃぶしゃぶ”のようにさっと泳がせ、表面の色が変わる程度で引き上げる。

火入れは一瞬。合わせ出汁の中でフィレ肉を泳がせる。
この後の余熱が計算された完璧な火入れの第一段階。

次にフィレ肉をお椀に盛り、炊いたヘチマを添えてから熱々の合わせ出汁を張る。このお椀の中で伝わる穏やかな余熱こそが、肉の仕上がりを完璧な状態へと導く二段階目の火入れとなる。これにより、しっとりとした食感とともに、アグー豚本来のクリアな旨味が静かに広がる一品として完成した。

二品目:沖縄アグー豚ロースの照り焼き じゃがいも餡添え

次に披露されたのは、アグー豚の赤身と脂の質感を活かした「アグー豚ロースの照り焼き」。一見シンプルな料理だが、上江洲シェフならではのこだわりが加えられており、それが「じゃがいも餡」だ。

ロース肉の余分な脂身を切り出し、筋や繊維を断っていく。そして切り出した脂身をフライパンで熱し、溶け出た良質な脂を焼き油として全体に行き渡らせる。アグー豚自身の脂で焼くことで、味わいに一体感を持たせる狙いだ。

切り出した脂身を活用して肉を焼き上げる。これにより香ばしさと一体感が生まれる。

フライパンを十分熱したら、ロース肉は脂身の面から焼いていく。強火で手早く表面を焼き固めた後、合わせ地を投入。フライパンを揺すりながら肉にタレを絡めて煮詰めていく。タレがある程度の濃度に達しても、火は緩めない。「タレが煮詰まっても火を入れ続けます。こうすることで内部の肉汁が外に出るのを防げて、味がぼやけずにすみます」と上江洲氏。

合わせ地を加えて煮詰めながら肉に絡める。シェフ曰く「火を緩めない」ことが、肉汁を閉じ込めるコツだ。

そしてこの料理を完成形に導くのが、付け合わせの「じゃがいも餡」。出汁で柔らかく炊いた男爵いもを、その煮汁ごとフードプロセッサーに入れて攪拌する。生クリームもバターも使わず、じゃがいものデンプン質だけで、驚くほど滑らかでクリーミーなソースに仕上がる。

バターや生クリームは不使用。出汁で炊いた男爵いもを煮汁ごと攪拌し、素材の力だけで滑らかな餡に。

アグー豚のロースは、赤身の繊維がしっかりとしており、噛みしめるほどに凝縮された旨味が感じられるのが魅力だ。その力強い食感に対し、この滑らかなじゃがいも餡が水分と優しい甘みを補う。そうして口の中での一体感が生まれ、アグー豚の味わいをより一層引き立てる。

まとめ:2025年沖縄アグー豚・料理講習会

講習会の後には質疑応答や試食の時間も。生産者、シェフ、料理家が直接交流する貴重な機会となった。

沖縄アグー豚という一つの食材を通してこの日学んだのは、単なる調理技術だけではなかった。それは食材が背負う歴史への理解、品質を支える生産者への敬意、そして素材のポテンシャルを引き出すための、トップシェフならではの論理的な思考。この日の経験は、参加者それぞれの厨房での新たな試みにつながる、多くのヒントを与えてくれたに違いない。
photo/text: Hajime Souma

タイトルとURLをコピーしました