仲本 20人ものチーム作りって、どうしてるんですか? うちなんか4人の小チームですけど、大人数になると落とし込み方がわからない。
米田 みなさん長年いる人に主導権を与えて、新人をサポートに回すでしょう。これを、逆にしてみるんです。要所に新人を置く。すると、新人は勉強するしかないから真剣に向き合うんですよ。「HAJIMEってどういう店なんやろ」と考えるようになる。もちろんベテランにとっても客観視できるメリットがあります。僕らも他店では客観的になるでしょ。「シェフそんな怒らんでも」とか思うやん(笑)。
前田・仲本 あるある(笑)。
米田 実務作業については、他人に的確に伝える工夫をしています。
仲本 盛り付けのミリ単位まで決まってるって有名ですもんね。数値化しにくい作業を一定に保つ秘けつって何ですか。塩の振り方とか。
米田 塩分濃度は血液と同じだと心地よく感じるけれど、運動量などで個人差が出ます。魚とかの表面にフルール・ド・セルをパラパラするあれ、なんでやるか説明できます?
前田 食感とか……?。
米田 あれはね、均一性をなくしているんです。〝均整のおもろなさ〞ってあって、たとえば魚1匹の味は部位によって違うから最後まで旨いけれど、ムースだと途中で飽きる。カレーを全部混ぜても飽きる。血液濃度に個人差があっても、平均値を崩すことで「誰でも必ずどこかに〝旨い〞ポイントがある」ようにする。
仲本 僕らつい「みんなやってるし、塩振ろ」ってやってしまうなあ。
米田 理屈さえわかれば、脂の部分は塩を濃く、とか明文化できますよ。
仲本 肇さんって、理系やからそういう考え方ができるんですか。
米田 いや、僕、めっちゃ直感型。だからこそ数値化するんですよ、そうしないと伝わらへんから。
仲本 どこまで数値化してますか?
米田 ハーブの0・01グラムまですべて量ります。
仲本 0・01……(絶句)。
前田 僕、それを確立するベースの段階にいました(笑)。
米田 いいもんを出すのに必死やったから(笑)。ただね、ここまで正確に伝えても、同じ味にならへん。
仲本 そこですよね。ミスもあるし。
米田 しかし、その時にミスがあったとしても、一応味見をしてみます。たとえば、僕が絶対にやらへん順番で調味料を入れている時とか。それが逆に新しい味を生み出すことになるかもしれないから。それが、「いけるんちゃうか」と思ったら「次からこれで行こう」って言いますね。
仲本 おもしろいなあ。AIならミスをしないけど、人間はエラーが長所になり得るのか。肇さんは料理におけるAIってどう思いますか。
米田 科学者の落合陽一さんが、「老人介護の現場で、介護される本人たちはロボットが入るのは嫌だけど、ウォシュレットの代わりに人間に拭いてほしくないという人が多いっていう話をしていて(笑)。AIやロボットは、身の回りにすでにある。厨房でも、機械を外せと言われたら、冷蔵庫やミキサーがなくなって、仕事ができなくなる。それと同じで、AIは、調理器具の発展形だと。専門学校時代に真空調理器が出たんですが、先生は「あんなもん使ったら調理人がいなくなる」と言っていました。でも今、いなくなってないですよね。だから、AIはもっと先へ行けるツールだと僕は思ってる。
前田 ツールが進化するだけ、と。
米田 建物を建てるのに、図面を書く建築家と、実際に建てる大工が分かれたことで、建築家には免許が必要になりレベルも上って、おそらく給料が上ったと思うんです。料理人も同じようなところにいくんやないかな、というのはあります。ただ、それが嫌なら、自分で建物も建てればいい。どちらもあっていい。
友人のアンドレ・チャンが、シンガポールの店をやめました。彼は、ある程度プレイヤーでやってみて、アイディアを作る側に回った。そういう料理人は、これから増えていくと思う。その時に、使っていくのが人間かAIなのか、ということ。これも、どちらが優れているということではなく、どちらもあってよくて、好きな方をやればいい。
仲本 でも、そしたら料理人って?
米田 たとえば、アニメ映画を見て感動していますけど、あれ絵ですよ。でも、あれを同じ人間だと思って見てる。「人間らしさ」って、今はほぼないですよ。最終的には、AIが作った料理も、人間が作った料理も同じに並べられる。それがどう考えて作ったかという、オリジナリティの部分が出てくるだけですよ。あとは、ゲストがどれを選ぶかだけの話。それに、AIが作った料理が、必ず人間に合うかどうかは、わからない。
仲本 AIの導入に興味ありますか。
米田 今「地球」という名の料理では、100種の野菜を、5人で2分半かけて盛り付けているんですが、100本のアームで一度に盛り付けたら今よりおいしくなります。だって100段階の温度に変えられるんですよ! そうなると面白いし、違ったアイディアも浮かんでくる。一方で僕は、同じ建築家でも、セメントを練ったことがある人の方が、説得力があると思う方。だから、人間をどのように育てていくかということもやらないかん。
仲本 それでは、アナログな意味での肇さんのルールってありますか。
米田 日常と非日常を上手に揺り動かすこと。「なんで人って感動するんかな」ってことやから。五感全部を使うこんな競技、料理しかないですよ。美術は目と耳だけやし。料理は映画より感動させられるし、もっと脳をぐちゃぐちゃにできるはず。
前田 料理においての触感は?
米田 口触りの食感もそうやし、指でクリーム食べてもええやん?
仲本 三ツ星に戻ったのは2013年。労働環境は変わりましたか。
米田 12年に価格を上げて、従業員の給料も上げました。そしたら1年間で2000万円の赤字が出たんですが、13年3月に「アジアのベストレストラン50」に入って、翌年に黒字転換しました。
料理人ってスポーツ選手に似ていて、自分の体で具現化する仕事なんですよ。練習時間外に足の遅い子は走らなあかんし、技術がない子は、技術を磨かなあかんのに、今は、同じ時間で結果出せと言うてる。「天才優遇政策」なんですよ。
僕は、飲食を含め職人に対して、別分野として政府が動くべきだと思うんです。たとえば、税金を優遇して、3連休を義務化するかわりに、朝から晩まで働いていいとか。一方で、サラリーマンのように週休2日8時間労働もある、両方あって、どちらか選択できたらいい。
前田 アスリートのたとえはわかりやすい。働き方改革に則った働きを進める声もあるけど、僕は違和感しか抱きません。技術の習得には絶対に時間がかかる。職人は別の制度を作るべきやと思ってたんです。
仲本 米田シェフ個人としては、何か改革される予定はありますか。
米田 いずれ昼営業だけにしようと思ってます。だって僕、海外行ったら「レストランは夜」なんて思ったことないもん。あと、支店はないけど移転は考えてます。海外も含めて。
仲本 まあ、日本は少子化で食べ手も減りますからね。「MOTOI」はインバウンド客ってどれぐらい?
前田 30%。和食は客単価も上がってるけど、フレンチは厳しいですね。僕は中国での出店を準備中です。
スタッフから見た肇さん像に意外な姿が見えてくる?