必見!「山口浩流」独立&開業を成功に導く8か条


神戸北野ホテルの再生を機に、飲食店経営のみならず、多方面でビジネスを展開するH.Y.イグレックグループ代表の山口浩さん。
料理人でありながら、企業のチームリーダーとして手腕を発揮し続ける山口さんに、独立&開業を成功へ導くための方法論を聞いた。

阪神淡路大震災の影響で一時閉店となった神戸北野ホテルの再建をみごと成功させ、現在、ホテル業以外に、関西と東京でレストランやカフェ、ブーランジュリーを事業展開する山口浩さん。近年では、企業から依頼を受け、経営コンサルタントとしての役割も担う山口さんが、経営者になる前に知っておきたい「独立&開業を成功へ導く8カ条」を提言。各項目についてアドバイスをいただいた。

山口浩流 独立&開業を成功へ導く8カ条
1. 料理人と経営者の違いを知る
2. 店のコンセプトを書面で残す
3. 説得力ある事業計画書を書く
4. 専門家のアドバイスを受ける
5. 他店と違う特色を打ち出す
6. 最初から完璧な店を求めない
7. スタッフへの伝達は明快に
8. 存続させることが開業の責務

1.料理人と経営者の違いを知る

料理人が経営者になる場合、「今までの自分は間違っていなかったか?」とまず自己否定をしてみることが重要です。自分がつくりたい店をつくって、自分が作りたい料理を作り、そこそこお客さんが入れば、従業員に給料も払えるだろう……といった安易な考えでは、いずれ経営は行き詰まってしまう。そうならないためにも、今までの自分を一度リセットし、まず収支計画をきちんと立て、店の組織をきちんとつくる必要があります。

レストランやホテルというのはお客さまがいて、それに対峙する店のスタッフがいて、経営者がいる。経営者は店に投資し、料理人やサービススタッフが付加価値を加え、その付加価値をお客さまに喜んでいただくものです。お客さまの喜びが、自分やスタッフの喜びにも通じ、双方のいい関係を築くことでリピーターが増え、経営面にフィードバックされていく。ですから経営者が、お客さまとスタッフの両方をうまくサポートすることが店の成功につながるわけです。「一料理人と経営者は違う」。このことを、まず認識することこそが独立には不可欠なのです。

2.店のコンセプトを書面で残す

私は神戸北野ホテルの運営の依頼があった時、ホテルのコンセプトを書面で提出したのですが、10年経った今、あらためてそれを見直すと、初心に戻って考えさせられることが多いんですね。そんな時、開業当時にもっとコンセプトを確立させて残しておけばよかったと、残念に思うことがあります。

経営者というのは、1年先、2年先、未来を見据えているものです。しかしわれわれのように店舗展開をしていくなかでは、先ばかりを見ていると、既存店が忘れ去られてしまうことがある。新店の売り上げが伸び、鳥瞰図的には増収増益になるかもしれませんが、既存店の現状にも注意が必要です。もしも店の収益が下がっていた場合、その理由を探るべく、ひとつひとつを検証する。すると、開業当初できていたことが、現在は行われていなかったり、コンセプトが微妙にずれてきている場合があるんですね。しかし開業当初のことを思い返すことは難しい。ですから開業時に、できるだけ明確なコンセプトを立て、書面としてきちんと残しておくことが大事なのです。店舗の写真を撮っておき、経営が低迷した時に何が違うのかを見比べることもいいでしょう。過去と現在の違いを検証すれば、問題解決の糸口が見つかるかもしれません。

3.説得力ある事業計画書を書く

融資を受ける際に事業計画書を提出する必要がありますが、できるだけ説得力のある書面を書くことが必要です。僕たち料理人は一般的な仕事とは異なり、ひとつの店で長く働き続けるというよりも、何年かのスパンで仕事場を変えてキャリアを積む場合が多い。しかし金融機関の担当者からすれば、職場を転々とすることに疑問を持つ人も少なくありません。事業計画書を書く時、あくまでも調理という技術力を高め、キャリアを蓄積するために転職しているのだということを、相手にわからせる、説得力のある事業計画書を書くことが大切になってきます。

4.専門家のアドバイスを受ける

私自身、最初にブーランジュリーを開業する際、神戸北野ホテルで得たノウハウを生かして、デザインやコーディネートもできる範囲で自分でやろうとしました。確かに外注せずに自分でやったほうが安価にはできるんですね。しかし、もしも施工後に問題が起こった場合、素人の立場では、対処の仕方もわかりません。基本的には工務店やデザイナーなど専門家の方と打ち合わせをしながら、自分がわからない点はお任せするといったやり方のほうが、たとえ費用がかかったとしてもその後がスムーズです。

しかもプロのノウハウを得ながら多店舗展開していくと自分の知識も蓄積されます。将来的に大手デベロッパーと組む機会が生まれても、交渉事の勉強にもなるんですね。とくに大規模な商業ビルに入る場合、工事費の分担や家賃交渉が大事になる。それにはプロのノウハウが必要となってくるわけです。

5.他店と違う特色を打ち出す

僕が開業にあたっていつも考えるのが、「ニッチ」なマーケティング、つまり隙間市場なんです。そして「低価格競争に入らないこと」。価格を下げるのではなく、付加価値を与え、他店と異なるコンセプトの構築をめざします。

東京・丸の内に「イグ・カフェ」をオープンする際もそうでした。東京にはシアトル系カフェが建ち並びニーズもある。それはそれでいい。しかし、こうしたカフェが台頭したことで、静かに読書ができる喫茶店が衰退してしまった。一方、ホテルのラウンジ前では、お客さんの行列ができている。こうした実態を見て私は、「ゆっくりとお茶が飲める場所を、実はお客さまは求めているのではないだろうか?」と仮説を立てた。そこで、落ち着いた内装のヨーロッパスタイルの「イグ・カフェ」を打ち出し、さらにフード面での満足度も高めました。おかげさまでお客さまのニーズと合致し、新丸ビル内の坪単価の売り上げもトップクラスに入っています。

6.最初から完璧な店を求めない

私は神戸北野ホテルの運営を任された時、エイチ・ワイ・ホスピタリティ・エンタープライズ(株)を設立し、リニューアルオープンに向けての初期投資費用を工面しました。それまでホテルの総料理長の経験はありましたが運営は初めてのことで、ホテルのしつらえを整えるのには苦労も多かったです。まずホテル内のふたつのレストランの厨房を1カ所にまとめて仕事の効率化を図り、換気天井システムを採用したドイツ製の厨房機器を導入するなど、重点的に厨房に投資しました。

オープン当初はカトラリーもシルバーで揃えるわけにはいかず、中古品を再メッキして使うなど工夫しました。ある時、ホテルで某有名ブランドのパーティーが開かれた時、先方に「カトラリーはこれですか?」と尋ねられた時はショックでしたね。その後、経営が軌道に乗ってから、クリストフルの最新のシルバーカトラリーなどを揃えていきました。

カトラリーや皿は、経営が順調になってから買い直せばいい。しかし厨房のリフォームは、調理を止めなければならない。これは店にとっては損失になります。最初の限られた資金の中で、まずどこに投資すべきかを見極める。開業投資の配分プランは大切です。

7.スタッフへの伝達は明快に

店のコンセプトが明確になったら、スタッフとそのコンセプトをいち早く共有することが大切です。さもなければ、店のコンセプトはとたんに崩れてしまいます。

かつて飲食業界には、料理もサービスも「見て学べ」という風潮がありました。しかし今の時代は、具体的に店にとって何が必要で、お客さまはどういうものを求めているのかを、早い段階でスタッフに伝えることが重要です。厨房機器がこれだけ進化しているなか、マニュアルを教えれば、昨日入ったスタッフでもある程度の仕事ができてしまう時代です。教えることや情報公開をためらっていては、気がつくと自分ひとりでしか仕事ができなくなっている。「20年経たないと、一人前にはなれないよ」と言っていたのでは店の経営は成り立ちません。経営者ともなれば、自分のやっていることがスタッフにも同じようにできるよう指導することが大切。伝達する力が何よりも必要となってきます。

8.存続させることが開業の責務

独立開業すれば、何はともあれ店を存続させることが責務です。自分の長年の夢を果たすと同時に、スタッフを抱えることで社会的な責任も生まれます。安易に考えて開業すると、あとで自分もスタッフも不幸になりかねない。独立開業には確かに喜びもありますが、その分苦しさもある。そのことを最初に認識し、店を存続させなければなりません。

これは僕たちにもなかなかできないことですが、毎朝、店の前に立ち、初めて店を訪れたお客さまの気持ちになり続けることが大切なんですね。つねに夢のある店であり続けるためには、客観的に店を見る目が大事なんです。これは開業して10年経った僕自身への課題でもある。皆さんには開業当初から実行することを、おすすめしたいと思います。


今まで経営者の下で、料理を作ることに邁進した人が、いざ独立することで、すぐさま経営者としての才覚を身につけることはたやすくはない。だが、山口さんが提言する8カ条をあらかじめ心がけることで、大きなリスクは避けられ、道は拓けるだろう。8カ条のすべての根源にあるのは「経営者としての自覚を持つこと」、「店づくりはビジネスであること」だ。大震災が起こり、景気が不安定な今こそ、明確なコンセプトづくりが不可欠である。そして自分ひとりではなく、スタッフとコンセプトを共有すればパワーは数倍に。今こそ一丸となって成功の扉を開け放とう!

沖村かなみ・文/構成 中西一朗・写真

本記事は雑誌料理王国2012年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2012年8月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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