業界の問題点を見つめシステムを構築
ラス 兼子大輔さん
本格フレンチながら、カジュアルな価格設定が人気の「ラス」。その中で労働環境をどう守るのかについて聞いた。
いろいろある課題をまずは改善したほうがいい
南青山の人気店「ラス」のオープンキッチンでは、たくさんのスタッフが働いている。それを束ねるのは、オーナーシェフの兼子大輔さん。コースをひとつにしぼり、本格的フレンチでありながらカジュアルな価格で提供しているのが、この店の特徴だ。その中でスタッフの労働条件を守るには、どのような工夫があるのだろうか。
「いろいろなことが連動してくると思うのですが、まずは休日の数と労働時間の短縮、あとは給料、保険などですよね。これはうちに限らずどこでも課題になっていると思うんですが、会社として基本になるところなので、しっかりやっています」
休日は週に2日。ほかにも、一般的な企業では当たり前のことが、飲食業界では長い間あまり重視されてこなかったという印象がある。そこが飲食業界における人材不足の一因といわれ、悩んでいる店は少なくないだろう。
「きれいごとを言うわけではないですが、今は時代が変わって、朝から晩まで働いて、週1休みで、給料は安くて……という時代じゃない。人材不足を嘆き続けるよりも、まずは労働環境や条件を改善しないと、ほかの業界に人が流れていくのは当然ですよね。もし、どんなに厳しい環境でもやりたいという料理人だけが残っていって本当に一流の料理人になるのなら、それは必要なのかもしれない。けれど、飲食業界の全体的な人材の確保ということになると、また違ってくると思います。実際、料理の専門学校に、毎年あれだけたくさんの人が行くわけで、どこかに必ず人材はいるはずなんです。みんな、飲食に関わる仕事はしたい。だけど彼らが世間に出た時の、自分の考えとのいろいろなギャップがあるからくじけてしまうんですよね。そこはやっぱり、今の飲食業界の課題だと思います」
少しの工夫で大きな改善ができる
労働環境の改善をしたいという店はいくらでもある。では、どこに注目して改善すればいいのだろうか。「ただ単に、給料を上げたり休みを増やせればよいのですが、それは無理。うちは、そうできるようにシステムを作ったんです。まずはオープン前に、人材不足、労働環境、それに外食離れといった飲食業界の3つの問題をなんとかしようと考えました。そこで生まれたのが、料理のコースをひとつにしぼる方法。さらに、カトラリーを入れる引き出しや、客席のレイアウトといった店のハード面です。仕込みやスタッフの動きにかけるコストを減らし、リーズナブルに提供する。そうするとお客さまも来やすくなって売上も確保でき、店やスタッフに還元できます。労働時間が短縮できて、スタッフの負担も減る。人材もお客さまも続く、よい循環が生まれたんです」
しかし、その発想は一体どこから来ているのだろう。
「料理はアナログなものなので、本来は手数がいる。労働時間を短くするのが難しいのは、そこが理由です。でも、僕はアナログを大事にしたい。だからこそ、ほかの余計な労力を削る方法、ウェブ予約や、客席の動きを管理するアプリ、エアレジで集めたデータを客単価の向上に役立てる、などでデジタルを取り入れています。昔はこうだった、だけではなく、少しの工夫で大きな改善ができるなら、柔軟に変えていく。トップがそういう視点を持つことは重要です」
しかし、労働条件がいいというだけで、人材が離れないわけではない。「以前、立て続けにスタッフが辞めたことがありました。その時に、人を使える、楽しくチームで働いているシェフになりたいと思ったんです。料理だけではなく、人集めできる要素を持つこと。そして、経営者としてシステムを作るのが大事です。
でも、働いてくれているスタッフに感謝することが、ひいては自分のため、店を支える一番の生命線になります。トップの人間がスタッフを大事にする気持ちがあるかどうかは、スタッフに伝わりますから」
ラスの取り組みとは?
・会社として基礎になる部分を整える
週休2日、社会保険完備。給与は、ほかの業種と遜色ない。生産効率を上げるなど一般の企業として当たり前の部分を、労働環境を含めしっかり整えることで、スタッフは安心して働くことができ、人材獲得にもつながる。この労働条件を守れるように全体のシステムも考えられており、客にもよい料理やサービスが提供できるといえる。
・店の外でも学ぶ機会をつくる
何年か務めたスタッフは、海外研修へ行くことができる。また、兼子シェフがメ
ニュー監修をしている「ゲートハウス」や、東京・三田の名店「コート・ドール」といった他店での研修も行われているそう。スタッフが、食べてみたい店に行く時には、経費として一部の費用を負担している。店外で学ぶ時間も必要、というのが兼子さんの考えだ。
テーマを与えスタッフ間で批評し合う
キッチンスタッフに、提示されたテーマで料理をさせて、それをスタッフ同士で批評し合う食事会を定期的に開催。パテ・ド・カンパーニュやロティなど、その時によってテーマはさまざま。キッチンは担当によって日常的にする調理が異なるため、普段しないことをする機会を与えて、技術を向上させるのがねらいだという。
Daisuke Kaneko
1979年、広島県生まれ。大阪「ラ・ベカス」、東京「コート・ドール」などでの修業を経て渡仏。帰国後、2009年から「カラペティバトゥバ!」のシェフを務める。2012年、オーナーシェフとして東京・南青山に「ラス」をオープンし、 2013年に現在の場所に移転、同敷地内にコンセプトの違う業態「コルク」も構える。2016年には、東京ミッドタウン内に「レシピ&マーケット」をオープンし、デリカテッセンも手がけている。
澤由香=取材、文 小寺恵=撮影
本記事は雑誌料理王国276号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は276号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。