日々、料理に研鑽を重ねているのは、シェフも料理家も同じ。
しかし、シェフとして料理をゲストに提供することと、家庭料理のコツを教えることでは、異なる視点が必要だ。
そこで、生産者、プロのトップシェフ、料理家の三者の交流を拡げ、互いに刺激し合い、ともに料理業界を盛り上げる。
そんな新しいコミュニティを構築するための新企画。
初回は地域食材に敬意を払い料理を作る奥田政行シェフに、4人の料理家が学んだ。
「シェフに聞く、料理王国アカデミーサロン」の記念すべき初回の会場となったのは、イタリアンの巨匠「アル ・ ケッチァーノ」奥田政行シェフが手がける新店「イリエスケープ」。奥田シェフは山形の風土が育んだ食材をとり入れたイタリア料理で知られるが、今回のテーマ食材である秋田の「比内地鶏」も馴染みの食材だ。今回はイタリア料理を軸としたメニューを2品教えてくださった。
料理において大切なのは、技術と理論、そして素材を知ること。そうすることで応用が広がるからだ。比内地鶏の最大の持ち味はしっかりとした弾力のある食味。噛めば噛むほどコクが際立つ。そして普段取り上げられることが少ないが良い仕事をするのが、ガラだ。実は比内地鶏のガラは全国のラーメン屋がこぞって買い求め、一般にはなかなか流通しない。味わいが深く、すき通ってエッジのきいた良いスープがとれるのだ。
正肉は油脂が少ないためサラマンダーの天火で焼き、皮の油脂分を肉に落とす。ガラではブロードを。これらで2品を作った
奥田シェフが厨房で最初に取り掛かったのは、ブロード作り。寸胴鍋にガラとひたひたになるぐらいに水と塩を入れて火にかける。この時、塩はカルシウムを多く含む天然塩を使って、90℃で炊くことがポイント。カルシウムの作用によって、透き通ったスープができる。塩、セロリ、ニンニク、ブーケガルニを加え、さらに煮る。アクを取るときは、脂は最後にすくうようにする。「油は中華で言えば鶏油で、透き通っています。すくうのはブロードにうま味が溶け出してからが望ましいです」と奥田シェフ。ちなみに比内地鶏は脂が黄色いのも特徴である。
正肉はいったんバーナーで両面を炙り、サラマンダーで皮面を上にしてじっくりと焼く。ちなみに皮面をバーナーで炙る理由は、出てきた脂のうま味を肉の中に流し入れるためだ。また、肉のオモテ面を炙るのは、肉汁をカバーし、うま味として閉じ込め、ジューシーさを保つためだ。
家庭でサラマンダーを備える家は多くない。「料理教室ではどうやって?」の質問に、「トースターや魚焼きグリルの天火を使います」と奥田シェフ。こういう質疑応答ができるのが「料理王国アカデミーサロン」の大きな強みである。
そうして、作ったブロードとローストを活用して、いよいよ料理に落とし込む。サラダは、ローストを食べやすい大きさにカットし、砂肝やレバーなどの内臓類のソテーと野菜を合わせる。パスタは、短めに茹でたフェデリーニをブロードで煮るようにして仕上げる。合わせるのはチェリートマト、黒オリーブ、ケッパーそして鶏のローストだ。
いずれも味つけは極めてシンプル。食材の良さがしっかり伝わる2品となった。試食では料理家の方々から「おいしい」の声が湧き上がり、自身の引き出しを増やす絶好の機会になった。
奥田政行
1969年山形県鶴岡市生まれ。高校卒業後に上京し、イタリア料理店やフランス料理店、製菓店などで働く。帰郷後、2000年「アル・ケッチァーノ」を独立開業。04年「食の都庄内」親善大使に任命。07年ドルチェの店「イル・ケッチァーノ」、09年 東京・銀座に「YAMAGATA San-Dan-
Delo」開業。「スイスダボス会議」など海外で数々のフェアを行なう。文化庁長官表彰など受賞歴多数。
イリエスケープ
神奈川県横浜市中区桜木町1-1-7
コレットマーレ7F
TEL 045-211-5515
11:30~23:00(21:00 LO)
無休
KEI ラブストーリー食堂。
1983年、神奈川県出身。高校卒業後、「富士屋ホテル」でフランス料理を学ぶ。俳優、家電量販店勤務などを経て、2013年、料理家に転身。洋食や中華をベースとしたおもてなし料理を得意とし、メディアや企業へのレシピ提案、フードイベント出演などで活躍中。
実家は中華料理店だったので、中国料理になじみがあります。比内地鶏のガラは、ラーメン屋さんのスープで人気と聞き、創作意欲が刺激されました。今回奥田シェフが披露してくださったイタリア料理の技をヒントに、比内地鶏を私ならではの料理に展開していきたいです。調理器具や家電にも明るいので、最新の技術の力を借りながら、ラクできるところはラクして、かつ短い時間で肩肘はらず親しみやすい料理にしたいですね。
https://www.instagram.com/bokunobangohan/
受講後の考案レシピ:カリッじゅわ比内地鶏油淋鶏とセリねぎマーマレードだれ
ちづかみゆき meixue(メイシュエ)
JAL国際線CAとして10年間勤務後、東京都内のミシュラン3つ星レストランでレセプショニストとして勤務。体を壊したことをきっかけに、国立北京中医薬大学日本校にて薬膳を学ぶ。国際中医薬膳師資格取得。日本中医食養学会理事を経て、料理教室meixue主宰。
薬膳と聞くと難しそうなイメージを持たれるかもしれませんが、身近な食材をおいしく食べてきれいになろう、というのが私の考え方です。病気の治療というよりも予防に重きをおくので、食材選びも大事。豊かな自然に育まれた比内地鶏は、体にもうれしい食材といえます。厨房での奥田シェフは、フランスとイタリア料理の違いやちょっとした小話もおもしろかった。私も、人々が笑顔になれるレシピをこれからも考案していきたいと思います。
http://meixue.jp/
受講後の考案レシピ:比内地鶏とゆり根、里芋のゆずマスタードクリーム煮
成澤文子
2011年「日本一家庭料理がうまい女性決定戦(日本テレビ系)にて、有名 」シェフによる審査員10名満場一致で「初代レシピの女王」となる。以降、テレビやイベント、講演会出演、企業、ウェブ、雑誌などへレシピ考案を行う。書籍も多数出版。海外でも翻訳されている。
夫が秋田出身なのですが、だからこそかもしれませんが、実は長い間、比内地鶏のよさを知らないままでいました。数年前にその素晴らしさに開眼し、現地の農家さんも訪ねる機会を得て、興味は尽きません。自分でもあれこれレシピを考えていますが、今回、奥田シェフの実践を通じ、きりたんぽ鍋に代表されるように煮るのに向いている比内地鶏も、ブロードやローストでも、ポイントを押さえれば活用できる、など多くのことが学べました。
https://www.narisawaayako.com/
受講後の考案レシピ:比内地鶏レバーのフォアグラ仕立て
尾田衣子 Assiette de KINU(アシェット ド キヌ)
「ル・コルドン・ブルー東京校」にて料理ディプロムを取得。イタリア・フィレンツェで家庭料理を学ぶ。フランス・イタリアの家庭料理をベースに簡単にできるおもてなし料理やオリーブオイルに特化した料理を軸に料理教室を主宰。メディア出演、企業へのレシピ提供なども行う。
奥田シェフが何度かおっしゃっていた『温度で見極める』『90℃で化学反応が起こる』が心に響きました。科学的で論理的な考え方は、なぜそうするのかを理解するのに役立ちます。私が専門とするオリーブオイルの使い方もプロならではの技を間近で見ることができ、今後に活かしたいと思います。次は私が比内地鶏を使ってレシピを考える番。肉を扱うときの温度を念頭におき、試食を思い出しながら、楽しんで試作ができそうです。
http://ryo-ri.net/
受講後の考案レシピ:比内地鶏と野菜の洋風煮びたし
text: Noriko Hane photo: sono (bean)