2023-09-11

「食の未来と『自分』を変える 狐野扶実子さんとの茶話会」を開催

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2022年11月、料理王国アカデミーはニューヨークを拠点に活躍する料理プロデューサー・食ジャーナリスト、狐野扶実子氏を招いて茶話会を開催。15名の料理家が集まり、彼女の声を直接聞くという貴重な機会となった。

狐野氏は世界最古の料理学校、ル・コルドン・ブルー パリ本校を首席で卒業。アラン・パッサールの「アルページュ」でスーシェフを務めた後に出張料理人として独立し、世界の名だたるVIPのもとでその腕を振るってきた。また、著書の「La cuisine de Fumiko」が「グルマン世界料理本賞 (Gourmand World Cookbook Awards) 」の女性シェフ部門でグランプリを受賞するなど、その活躍はキッチンの中だけに止まらない。そして2013年に始まった日本最大級の料理人コンペティション、「RED U-35」では2015年から審査員を務め、22年からは女性初の審査員長に就任。最終審査の直後に行われた今回の茶話会も、「RED U-35」から始まった。

●RED U-35とは
「RED U-35(RYORININ’s EMERGING DREAM U-35)」は、夢と野望を抱く、新しい世代の新しい価値観を持った料理人(クリエイター)を見いだし、世の中へ後押ししていくためのコンペティション。世界的なパラダイムシフトを機に料理人のあり方も見直され、場所や時間にとらわれずに働く料理人も多くなった。料理人ひとりの知識や考えだけでは実現できないことも、垣根を超えてつながることで視界が開けることもある。「RED U-35」は、次世代の料理人たちとともに考え、行動していく舞台となることを目指している。

第9回目を迎えた「RED U-35」は、2022年5月13日に開幕し、一次審査(ドキュメント審査)、二次審査(映像審査)、三次審査(オンライン面談審査)を経て、11月14日に最終審査と授賞式が行われた。2022年の全体を通したテーマは「旅」。2013年の「卵」、14年の「豆」のように当初は具体的な食材がテーマになっていたが、19年の「ニッポンの宝」、21年の「未来のための一皿」、そして今回の「旅」と、抽象度が高まっていると同時に、「食の未来を考え、社会の課題に向き合い、挑戦し続ける」という「RED U-35」の大きな目標が具体化されて行っていることがうかがえる。

最終審査はフロリレージュで開催。6名のファイナリストに与えられた課題は、6人が1つのチームとなってランチとディナーのコースを作ること。互いに競い合うライバルでありながら協力し合う仲間という状況で、自身の料理の表現だけでなくチームワークやリーダーシップが試された。

まだまだ様々な移動が制限されていた中で、料理人として考え、導く旅とは?それを提案する価値とビジョンとは?求められたのは、料理人たちが伝えたい食と旅のメッセージの発信だ。そしてここでいう「旅」は人間によるいわゆる「旅行」だけを指すものではない。主語を食材に置き換えると、産地から調理場に届くまでの間の様々なストーリーが見えてくる。そこからは必ずしも楽しいものばかりではなく、時には深刻な課題も浮き彫りになるのではないか。そしてそうした課題は食の分野だけで解決できるものばかりでなく、異業種との密接な連携が必要なことも多い。その中で食の領域を超えて多くの人々に関心を持ってもらい、料理人、料理家の持つ力や担うことのできる役割を知ってもらいたいという思いも込められている。そのための、食とは別分野でありながらも切り離せないものでもある「旅」というテーマなのだ。

そして話題はそうした社会的な課題の1つである、女性の社会進出へ。例えば国の議会の議員における女性比率は、米国は4人に1人、日本は10人に1人と大きな開きがあるが、ニューヨークで暮らす狐野氏は、現地の女性の活躍を数字以上にリアルに感じているという。だからこそ「RED U-35」においても、自身が唯一だった前年から審査員を一新し、他に2名の女性審査員を迎え入れた。また、応募者の側も全体で見ると女性比率はまだまだ0.9%に過ぎないが、ブロンズエッグ以上の入賞者に限ればその割合は8.0%にまで上昇するように、躍進が目覚ましい。

一方で、長時間労働になりがちなレストランの就労環境は、女性が働き続けるには厳しいものがあり、さらに男性であっても長く続けられる職業なのかどうか疑問が残ると語る。食の分野での「サステナビリティ」とは食材のことだけでなく、それを扱う「人」へのまなざしも必要だと氏は説いた。

今回の茶話会に参加したのは料理教室主宰者、フードデザイナー、料理研究家ら15名。彼女らからの質問や意見交換も、「ガストロノミーとはなにか」「昆虫食」「大豆ミート等のヴィーガン食材」など多岐にわたった。中でも特に盛り上がったのが「地産地消」というトピックだ。

参加者からもたくさんの質問や意見が投げかけられた。
熱心にメモを取る参加者。

すっかり定着したこの言葉は、鮮度の良さや生産者の顔が見える安心感、輸送コストの削減やそれにかかるエネルギー負荷の削減などポジティブな面に焦点を当てて使われることが多いが、実際には消費が生産地の中だけにとどまり、その地域の過疎化が進むことで消費量が減ってしまい、絶滅の危機と隣り合わせの食材が増えてしまっているのも実態だ。

例えば「とんぶり」は秋田県比内地方の江戸時代以来の特産物であるが、現代の技術をもってしてもその加工には非常に手間がかかり、残っている産地は大館市内のみにまで減ってしまっている。

しかし、そんな状況を変えられる方法のひとつに、シェフの力があると狐野氏は説く。この「とんぶり」もアラン・デュカスが「ヴィーガンのキャビア」として華麗な一皿に仕上げたことで、他にも世界の三つ星レストランで使われるようになったという。このように地産地消とは真逆ではあるが、それでも結果としてシェフの技術力と発信力とで「とんぶり」の認知や販路が広がったのは事実である。

そしてシェフがそのようなポテンシャルはあるのに地域の中で埋もれてしまっている食材を知るには「きっかけ」が必要だと狐野氏は話す。その「きっかけ」は、生産者から直接の発信でもいいが、メディアがその担い手になると効果が高まるという。また、メディアとシェフが一体となり、地方の食材を扱ったレストランフェアを開催するのもよい方法だと続けた。社会的な課題の解決には食の分野だけでなく異業種との連携が必要だと先にも述べたが、その食の分野だけを切り取ってもその中には料理人、料理家はもちろん生産者、メディアなど様々な業種があり、それぞれがそれぞれの専門性を活かしながら連携することが重要だ、ということだ。

1時間半の茶話会は時間が足りないほどに活発な質問や意見交換が交わされ、参加した15名の料理家たちにとっても有意義な時間になったことだろう。この日に感じたことがそれぞれの活動に前向きな変化をもたらすことで、彼ら彼女らが食を通して社会的な課題の解決に貢献し、一層活躍することが期待される。

狐野扶実子
パリの老舗「FAUCHON」のエグゼクティブシェフを経て、アラン・デュカス氏主宰の料理学校で非常勤講師を務める。著書「La cuisine de Fumiko」が、グルマン世界料理本大賞でグランプリ受賞。2022年AMBASSADOR OF TASTE 日本代表。

photo:Yukako Hiramatsu

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