「腐ったものを食べると食中毒になる」は間違い?発酵と腐敗の違いに迫る


発酵と腐敗、そして食中毒はそれぞれ微生物が関係して起こるもの。では、それらの明確な違いは何か。 それぞれの特徴と違い、そして食中毒予防について学ぶ。

教えてくれた方
東京家政大学 大学院客員教授 農学博士 藤井建夫さん

「発酵と腐敗の原理は同じで、人の感じ方で区分されるもの。一方の食中毒は、特定の微生物によって引き起こされるものです。」

東京家政大学 大学院客員教授 農学博士 藤井建夫さん
Tateo Fujii
1943年京都府生まれ。75年に京都大学大学院博士後期課程修了。東京海洋大学(東京水産大学)で約20年間食品微生物の研究・教育に従事。日本食品衛生学会会長、内閣府食品安全委員会専門委員などを務める。東京家政大学特任教授を経て、現・東京家政大学大学院客員教授。主な著書は『微生物制御の基礎知識』(中央法規出版)、『魚の発酵食品』(成山堂書店)など。

そもそも「発酵」と「腐敗」はどう違うのか

発酵と腐敗、食中毒の関係性について

発酵と腐敗の違いを、大豆を例に見ていきましょう。蒸した大豆に納豆菌を加えれば納豆になりますが、同じ原料をそのまま放置しておくと納豆と同じ匂いがしてきます。しかしこれは納豆とは呼べず、腐っていると判断されます。では、発酵と腐敗の線引きはどこか。実は、人が食べて「おいしい」と思えば発酵、「食べられない」と思えば腐敗と呼ぶだけで、明確な線引きはないのです。

このように、食品と微生物の関わり方の良い面を発酵、悪い面を腐敗と呼びます。科学的には発酵も腐敗も原理は同じであり、原料や微生物、代謝産物、時間経過などの違いよるものではありません。

もう少し腐敗について掘り下げてみましょう。発酵は微生物の作用により炭水化物が分解され、乳酸やアルコールなどに変化することをいいます。

一方で、家畜や魚介類は、生物自身が持つ酵素(自己消化酵素)で自分のタンパク質を消化します。しかしタンパク質がアミノ酸に変化し、味が熟成するには時間がかかります。そうすると、もともと表面に付着している有害な微生物までもが繁殖します。これが腐敗の原因。つまり、発酵・熟成が始まると同時に、腐敗も進んでいるというわけです。自己消化酵素の働きはそのままに、有害な微生物を繁殖させない方法として、塩を加えたものが塩辛や魚醤であり、表面にカビを生えさせたのが熟成肉なのです。
 実は、肉の中心部は無菌です。「肉が腐っている」ということは、表面に付着した有害な微生物が侵入、増殖したことによって引き起こされるもの。発酵も熟成も適度な食べごろを判断し、有害な微生物が繁殖しないための管理が大切ですね。

発酵、腐敗の違い
・「発酵」と「腐敗」の原理は同じ
・ 人が食べておいしく思うのが「発酵」、人が食べられないと思うのが「腐敗」
・ 発酵と腐敗の違いは原料、生成物、微生物などではなく、人の感覚によるもの

よく言う「腐ったものを食べると食中毒になる」は本当か

食中毒微生物の主な特徴、原因食品、潜伏期間、症状など

菌が増殖することで発症

胞子形成菌は耐熱性が強い。ボツリヌス菌の殺菌には120°C・4分相当の加熱が必要

少量の菌でも発症


よく「腐ったものを食べると食中毒になる」と言いますが、これは科学的に見ると間違いです。腐ったもの=腐敗は、前項でご説明した通り、微生物が増殖した結果、食品本来の色や味、香りが損なわれ食べられなくなる現象。また腐敗は、特定の微生物ではなく、どんな微生物によっても起こります。

対して食中毒は、特定の微生物によって生じるもの。言い換えれば、腐敗が進んでいない食品でも、特定の菌が付着または増殖して発症するのが食中毒なのです。食中毒は、食品の見た目に著しい変化を伴わないことが多いため、匂いや色などで判断ができず、知らず知らずのうちに発症してしまうケースがほとんどです。

上の表で、代表的な食中毒微生物を挙げました。ご覧いただけるとわかるように、食中毒微生物によって、特定菌が増殖することで発症するものと、少量でもあると発症するものの2タイプがあります。
たとえば、鶏肉や卵、野菜などに付着しているサルモネラや、生食の魚介で起こりやすい腸炎ビブリオなどは、それぞれの菌が増殖した食品を食べることで食中毒を発症します。

一方、生の鶏肉などを食べることで発症するカンピロバクターや、冬場に発症が多発するノロウイルスは、少しでも菌が付着していると食中毒を引き起こします。こうした少菌量でも発症する微生物は対策が難しいので、とにかく衛生環境を整え、感染リスクを最小限に抑えることが一番の対策となります。 まずは特定菌を増やさないために、食材保管時の温度管理や、調理器具から厨房全体にいたるまでを清潔に保つことが大切です。

腐敗と食中毒の違い
・腐敗はどんな微生物でも大量に増殖することで起こる
・食中毒は特定の微生物によって起こる
・食中毒微生物は
(1)繁殖することで発症する
(2)少しでもあると発症する
・の2タイプがある

ずばり「食中毒」はどう防ぐ?

主な食中毒の発生件数と患者数の年次変化(1996〜2016年)

 食中毒を起こさないためには「食中毒予防の3原則」を遵守することが一番効果的です。これは飲食店で働く方の基本知識ですが、簡単におさらいしておきましょう。

 まずは手洗いや消毒を徹底し、清潔な状態を保ち「食中毒菌をつけない」こと。次は「食中毒菌を増やさない」こと。この方法にはふたつあり、ひとつは食品を冷蔵庫や冷凍庫に入れ、食材温度を管理することで、微生物の増殖を抑える方法です。そしてもうひとつは、塩を加えて増殖を抑える、お酢pHでを下げて酸性に傾ける、砂糖などで糖分を高めるなどの方法。梅干しやピクルス、ジャムといった食品は、それぞれ微生物の活動を抑え、保存性を高めるために生まれた技術というわけです。

 最後は、加熱して「食中毒菌を殺す」こと。一般的な菌は中心温度℃以上かつ、1分以上の加熱で死滅します。ただ、85℃以上かつ1分以上の加熱が必要なノロウイルスや、120℃、4分相当の加熱が必要なボツリヌス菌など、菌の種類によって、死滅に必要な温度と時間が決まっていますので、知っておくべきでしょう。

 上図では、食中毒の発生件数と患者数の年次変化を記載しました。患者数で圧倒的なのがノロウイルス。これはヒト─ヒト感染するので、1件発生すると大規模な発生を引き起こします。近年では、国が関連の規制を強化していることから、食中毒発生件数も減ってきていますが、まだまだなくすことはできません。食材には、もともとさまざまな微生物が付着しています。それを繁殖させないよう、ひとりひとりが衛生管理意識を高く持つことが、最大の食中毒予防なのです。

食中毒予防3原則
食中毒菌をつけない・・・清潔な状態を保ち、消毒する
食中毒菌をふやさない・・・冷凍冷蔵庫で温度の管理徹底。
塩、酢、砂糖の添加で保存性を高める
食中毒菌を殺す・・・十分な温度と時間で加熱し、死滅させる

虻川実花=取材・文 林 輝彦=撮影
text by Mika Abukawa photos by Teruhiko Hayashi


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