七転八倒を繰り返した末に思いついた代物「イル ギオットーネ」笹島保弘さん


地の食文化に敬意を払い、新しい食べ方を提案する

言うまでもなく「京都」は伝統や文化を脈々と受け継ぎ、守ってきた土地である。1000年単位で歴史を刻む重要文化財が多数現存し、食に関しては、京料理は日本料理の核を成す。人々の暮らしに根差した惣菜「おばんざい」も〝旬のものを食す〞という伝統を守りながら、家庭の味が受け継がれている。保守的であるからこそ、伝統も文化も残ってきた。それが「京都」という街だ。

笹島保弘さんも店を構えた時、いかにして京都の人たちにイタリア料理を受け入れてもらうか、悩んだ。たとえば他所から遊びに来た人と外食する際、京都の人が1日目にまず連れて行くのは、やはり日本料理店だ。では2日目はどうか。続けて日本料理というより、少し目先を変えたいのが心情だろう。中華料理でもイタリア料理でもいいけれど、そこはやはり「ほら、京都っておいしいでしょ」と自慢できる店であるとよい。

そう考えた笹島さんは、ナスのグラタンに使うナスを賀茂茄子に、ボッリートは、ジャガイモの代わりに里芋を、ダイコンを聖護院大根に、地元の人がふだん食べている馴染みの食材に置き換えることを思い立った「。七転八倒を繰り返した末に思いついた代用。僕にとっては賭けでもありました」と、振り返る。その策が功を奏し、今へ続く個性となった。約20年前の話だ。京都を打ち出したイタリア料理が斬新だと、全国からお客が来るようになった。そうして「もしイタリアに〝京都〞という州があったら?」という、コンセプトと料理が固まっていった。

食の〝温故知新〞客観性と柔軟性を

夏、京都ではハモとキュウリの酢の物を食べる。これは暑気払いのおばんざいとして家庭で作られてきたものだ。「なぜ夏にハモとキュウリなのか、土地の気候や風習、名産と関係し、必ず理由があります」。笹島さんが出したハモとキュウリのパスタは、今や他のイタリア料理店でも見かける夏の定番となった。「ひと昔前、僕のように日本食材によるイタリア料理は、直球の郷土料理に対し、亜流と見られた。ですが、続けていくことで亜流もひとつの道になる。おかしなものなら淘汰される。次の世代のためにこんな食材を使ってもイタリア料理になるんだという道筋を示したい」。その思いを象徴しているのが今回のリゾットだ。

「もし、僕が沖縄で店を構えていたら、今頃ゴーヤを使った料理を出しているかもしれません。全国津々浦々、どこでだってイタリア料理はできる」。地元のおばあちゃんに郷土料理を習い、農家に野菜を学び、イタリアの技法と合わせる。それはその土地でしか出会えない味になる。

かつて日本の都であった京都には腕利きの職人が集められ、伝統工芸や食品加工において、優れた技術が今の時代に受け継がれている。以前、清水焼の作家とコラボレーションイベントを行った笹島さん。作家たちが持参した器は、絢爛豪華で美しく、技術の高さを感じさせるものであった。しかし料理を盛るには派手すぎる。「思わず『この器、飾っておくにはいいんですが、料理を盛るものだという考えはおありですか?』と職人さんに質問したんです」。

伝統や技術、美を認める一方で、器としての機能は?という率直な疑問を抱いたのだ。笹島さんは京都で、他の伝統工芸や食品加工においても、技術が優れているのに、商売として成り立っていない様子をよく目にする。そのたびにもったいないと感じている。「僕が生粋の京都人だったら気づかないかもしれない」。大阪出身の笹島さんは、つねに一歩引いて「京都」を見てきた。そして食材の生かし方やどんな味が求められているのかを考え料理を展開してきた。

今はそうした伝統技術を持つ職人たちと一緒に食を通じて、新しい可能性を模索し、社会貢献できればと考えている。つねに客観性を持って考えてきたし、今後も柔軟に対応できる自分でありたい。そして築いてきた日本のイタリア料理の道を次代につながるものにするつもりだ。

酒粕とパルミジャーノ・レッジャーノのリゾット

酒粕とバターを1:1で合わせた「酒粕バター」。リゾットの仕上げに酒粕バタ ーを加え、モンテした。フォワグラは宮城県勝山酒蔵の「勝山元」でマリネしたものをトッピング。以前はこの上にトリュフをのせていたが、今はその香りが必要ないと思っていると笹島さんは言う。酒の香りが立っている。

笹島さんに聞く3つの質問

Q1│イタリアで衝撃を受けたイタリア食材は?
A.ニンジンとチポロット。かつてチポロットはイタリアから直接空輸していた。鮮度を考え京都の九条ネギに変更。

Q2│これから使ってみたい未体験の日本の食材は?
A.最近、興味があるのは日本酒や酒粕、日本茶、抹茶など日本の加工食品。被災地・東北の食も応援したい。

Q3│自分のイタリア料理の核としている味は?
A.ローマ料理。プライベートでは直球郷土料理を食べに出かける。ごまかしの利かない「スパゲッティ・ポモドーロ」が好き。

イルギオットーネ 笹島保弘さん
1964年大阪府生まれ。2002年京都に「イル ギオットーネ」を開店。05年東京・丸の内にも出店。京都市内にカジュアル版の「イル ギオットーネ クチネリーア」「トラットリア バール イルギオットーネ」も展開。

藤田アキ=取材、文 川瀬典子=撮影

本記事は雑誌料理王国2011年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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