イタリアンの「豚の匠」が直伝!絶対に失敗しない「焼き」の極意


厳選した豚肉の旨さを最大限に活かす絶対に失敗しない「焼き」の極意

イタリアンの「豚の匠」 プリズマ 斎藤智史さん

「豚肉は苦手。だけど斎藤シェフが選んで調理した豚肉なら食べられる」と、斎藤智史さんの店「プリズマ」に通う客は少なくない。強い苦手意識が原因で、ふだんは口にできない食材でも、斎藤さんのフィルターを通った肉なら安心できる。食材が「変わる」のだと言うゲストの声をよく耳にする。斎藤さんは、なぜそれほどまでの信頼感を得ているのか。長年親しくしている客たちは、彼の並々ならぬ食材へのこだわりを目の当たりにし、実際それを食してきたからだ。常連客の中には輸入業者や生産者も多く、斎藤さんの情熱を励みにする人もいる。

 斎藤さんの食材へのこだわりは、養鶏場を経営していた父親の熱意と誠実さに起因するところが大きい。おいしくて安全な食材は、生産者の努力なくしては誕生しない。それを肌で感じて育った斎藤さんは、豚肉にも厳しく詳しく、「匠」になるべくしてなった人といえる。

旨味、安全性、生産者の熱意三拍子揃ったバスク豚

 養鶏場を経営し、「日本一おいしくて安全」と評される卵を生産していた父親。その姿を、斎藤さんは「仏様のような人」と表現する。高齢のために引退したが、利益よりも、消費者の健康や喜びを優先させる仕事ぶりは、今でも斎藤さんの手本だ。「父は周囲の農家の人たちとも、誠心誠意おつきあいしていました。だから、形が悪いだけで出荷できない野菜が出たりすると『鶏に食べさせて』と、皆さんが届けてくれる。それも半端な量ではありません。おかげでそうした野菜を食べて育った鶏は健康で、質の良い卵を産みました」

 このことから斎藤さんは、「良質な食材を育てるのは、よい環境と生産者」であることを学んだ。豚肉を選ぶ際、豚が育つ環境だけでなく、生産者の熱意や人柄を重視することがあるのは、そうした経緯があってのことだ。

 生産者の熱意に共感するという点で筆頭に挙げたいのは、イタリアの〝幻の豚〞とされたチンタ・セネーゼを復活させたパオロ・パリージさん。斎藤さんはパオロさんを信頼し、このチンタ・セネーゼを使っている。パオロさんは、来日した際には斎藤さんの店を訪れ、輸入業者を通して届けられるチンタ・セネーゼには、まるでパオロさんから直送されてきたかのように、「プリズマ行き」と書かれているという。

「環境から判断すると、今のところどうしてもヨーロッパ産の豚肉を選ぶことになります。現在、おもに使っているのはバスク豚。季節限定でイベリコ豚を仕入れることもあります。ヨーロッパと日本では養豚場のスケールがまったく違う。だから、豚にかかるストレスもずいぶん違う。それが味にも影響すると思うんです」
 国産のかけ合わせの豚は癖がなく肉質もやわらかく扱いやすい。だが、匠が惹かれるのは原種に近い豚の野性味を残す肉質で、この条件に合うのがバスク豚なのだ。バスク豚の味わいは、ゲストを満足させるだけでなく、斎藤さんの創作意欲をもかき立てる。「良質な豚肉をどれだけ具体性を持って調理できるか」。それは斎藤さんにとって大きな課題であり、楽しみな挑戦でもあるのだ。
豚肉料理のポイントは

火入れへの徹底したこだわり

 一見、単純そうな豚肉の火入れ。「実際は複雑で、加減次第で、肉の味が最高にもなれば、最低にもなる」。その持論は、何年も変わらない。生産者が手塩にかけた食材を使う以上、その時間と思いに恥じない料理に仕上げる責任がある。それが命をいただく者の礼儀でもある、と考える。

 豚肉の旨味を引き出す最良の方法として実行していることがある。「炭で焼くか、オーブンで焼くか、鍋でローストするかという単一の手法ではなく、それらを組み合わせて、複数の手法を経て、旨みを引き出す方法です」

 今回は、斎藤シェフにバスク豚を実際に焼いてもらい、そのテクニックを披露してもらった。簡単に流れを追うと、「フライパンで焼き」、次に「炭火で焼き」、最後に炭が燃えた後の「灰で蒸す」という手順になる。

「もちろん、炭で焼いただけの肉にも旨さはありますが、レストランの味に仕上げるには、もうひと手間、必要だと思っています」

 複数の手法で焼こうという発想のヒントになったのは、誰もが行っている「肉を休ませる」効果に着目したからだ。厚めに切った肉は、ローストしたあと、温かいところで少し休ませるのが常識になっている。休ませることによって、中の肉汁が落ち着き、また均一に火が入って、しっとりとした食感になるからだ。しかし、斎藤さんには、このしっとり感が物足りない。

「たしかに無難な旨さには仕上がるんです。でも、旨さに勢いがない。お客様が、心の底から『食べたい!』とそそられるような、迫力ある焼き上がりにしたかったんです」

 その方法が、フライパンで6割ぐらい火入れをした後、休ませる代わりに、炭で焼くことだった。「焼く」といっても火の中心からは離し、焼きたい部分に火が当るように肉の位置をずらしつつ、じわじわと火を入れる。こうすることで、休ませるのとは違った効果が生まれる。全体的に均一にはならず、赤身の部分、脂の多い部分、スジがある部分と、それぞれが個性を主張する感じに仕上がる。最初にフライパンで焼く時に、肉から出る余分な油を捨てながら火を入れるので、炭台に肉を置いても、油が炭に落ちて引火する心配がない、というメリットもある「。それに、なんといっても、良質な素材の味をストレートに表現できるんです」。

 そして最後の蒸し焼きは、肉に風味をつけることを目的としているので、短時間で素早く行うのがコツだ。

 今回は三つの手法を使って焼き上げたが、フライパンで焼いた後に炭で焼いたり、あるいは、炭で焼いた後で蒸し焼きにしたり、三つの手法のうち二つだけを選んでも、また順番を変えても、単一の手法で焼くのとは違った旨さと美しさが生まれる、と斎藤さんは言う。

 こうした匠の技を、斎藤さんはどんな時に思いつくのだろう。

「落ち着いて考える余裕はないんです。僕にとって、まず大切なのは、その日のお客様をどのように満足させるかということ。一戦必勝の思いで厨房に立つ毎日ですから」

 だが、ほかでもない、その真剣勝負の日々が、斎藤さんの豊かな発想の源となっているのだろう。

ブドウの葉で包んだバスク豚のロースト

バスク豚は、できれば骨付きのまま、かたまりで焼くのがおいしく仕上げるコツ。原種に近い豚の特徴ともいえる弾力を残しつつ、ジューシーに仕上げるのがポイント。

【手法1】フライパンで焼く

余分な油を捨てながら、火入れは6割ぐらいまでにする

1 脂身には縦に切り込みを入れて焼く

リブロース(300g・2人分)は3cmぐらいの厚さにカットし、焼く1時間ぐらい前に冷蔵庫から出して常温に戻しておく。両面に塩、コショウをふって、脂身から焼く。火入れの際、余分な油を出すために脂身には縦に切り込みを入れておく。油をもっと落としたい場合は、ななめに切り込みを入れる。

2 ローストの途中で出る油を捨てる

ローストの際、肉から出る油は、3、4回に分けて捨てる。肉がフライパンで焼き上がるまでに、焦げないというタイミングを逆算して、途中、ニンニク、ローズマリー、セージを入れる。

【手法2】炭火で焼く

「休める」代わりにじっくりと火を入れる

3 炭の上を転がすように焼く

余分な油が出て、両面に焼き色がついたら、炭火で焼く。肉に火が入りすぎるのを防ぐために、肉を中央に置かないとか、高さを変えるなどの調節を行う。骨付きの場合、骨の回りに火が入りにくい点に注意して焼く。

4 表面が乾いたらオイルを塗る

肉の表面が乾いてきたら、香草オイル(オリーブオイルに、ニンニク、ローズマリー、セージ、タイムを入れたもの)を塗る。オリーブオイルは肉を硬くするともいわれているが、肉の乾き防止には最適。

【手法3】炭火で焼く

「蒸す」と「焼き」のふたつの要素を兼ね備えた「蒸し焼き」は一番理にかなった火入れともいえる

5 肉や野菜をブドウの葉に包む

灰になりかけの炭を何本が鍋に移しておく。肉に香りをつけるために、ブドウの葉で包んで蒸し焼きにするのだが、この時、ゆでて軽くローストしたジャガイモと200℃のオーブンで、約1時間焼いたタケノコも一緒に包む。

6 灰の上に①を直に置いて火入れ

ブドウの葉で巻いた肉と野菜を、直接灰の上にのせたら、蓋をして3分間。焼くというよりは温めるような感覚で。3分経ったら、まず、鍋のままゲストにサーブする。

7 肉をカットして野菜と盛り付ける

骨などを除き、適当な大きさにカットして皿に盛る。最後に、豚の出汁(豚の骨を炒めて、トマトなどの野菜やタイムなどの香草とブイヨンで煮出したもの)を回しかけ、上からゲランドの塩、黒コショウ、オリーブオイルなどをふる。

Tomofumi Saito
1974年、北海道生まれ。94年に渡伊し、ロンバルディア州、ヴェネト州で2年間修業。帰国後、フランス料理店でも修業を積む。その後、イタリア料理店のシェフを経て、2004年、「イル リストランテ ネッラ ペルゴラ」で独立。 11年、新たに「プリズマ」をオープンした。

上村久留美=取材、文 大野利洋=撮影

本記事は雑誌料理王国226号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は226号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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