成功への絶対条件3ヶ条 京都𠮷兆 徳岡邦夫さん


【条件①:常に考える】

創業者でもある、祖父・湯木貞一の「花鳥風月みな料理なり」という言葉があります。森羅万象すべてを用いて、心を込めて工夫されたモノが料理である、という意味ですが、お客様に喜んで頂くには、料理の事をわかっているだけでは不十分です。
料理は人なり。作り上げたモノには人柄が出ますから、人柄を磨く事が大切だと考えています。料理人は、厨房に長くいれば料理の神に近づく、という事ではなく、多角的に意識し集中して考えているかどうかです。

京都𠮷兆の厨房には「常に考える」という標語が張ってあります。「考えろ」でも「考えましょう」でもありません。これは、誰かに言われるのではなくて、自発的に考えるという事の大切さを表しています。
世の中にある沢山の価値観を理解しなくては、異なるバックグラウンドや価値観を持つお客様に、感動して頂き、また来たいと思って頂くようなお店にはなれないのです。
常に今の時代を感じ、アンテナを張り巡らせておかないと、世の中とずれた価値観になってしまいます。

今はコロナ禍で一旦停止していますが、京都𠮷兆には推薦図書制度があります。
希望者は、毎月会社が推薦する書籍を自分で購入し読みます。
読むのも自分の時間、買うのも自分のお金、ジャンルは幅広く、そうでないと身につかないからです。そして、読んだ後は、強制ではなく、自身の判断で短くまとめます。
料理は自分の感覚を一点にまとめる仕事ですから、まとめる力は非常に重要だからです。
まとめた文章と提案や感想を書面にして、会社に提出すると、それを評価して給与に反映するシステムにしています。日本の文化の担い手である料理人やサービスの地位をもっと上げる為には、こういった勉強が欠かせないと思っています。

さらに、これもコロナ渦で、一旦停止していますが、中核を担い希望するスタッフには、月に一回程、講師を招き、最新のマーケティングや経理の授業も行っています。同じく、年に3〜4回テストを行い、結果を給与に反映しています。
マネジメントや最新マーケティング等について学び、リアルに京都𠮷兆の経営を考えて、新しい商品開発を行ったりと、実践に落とし込んでいます。
これからは益々、料理人は料理だけでなく、様々な価値観を柔軟に考える力が必要になってきます。特に将来、開業を考えている場合は、多方面な事について考え続ける習慣は必須だと思います。

さて、根本に立ち返って、あなたにとっての成功とはなんでしょうか?
私にとっての成功は「沢山の人に求められ、役に立ち続ける」という事です。
その事によって、自身の存在意義が明確になり、どんどん輝きが大きくなっていくと思っています。自分が生きている間だけではなく、後世の人たちの役に立って欲しいと本気で考えています。
湯木貞一は、料理を文化に引き上げ、世界の美食家に知られる店「𠮷兆」を作り上げました。さらに、沢山の人に求められ、役に立ち続ける為には、1日8時間では足りません。
寝ている時間に考えていても足りない気がします。
身体を壊してはいけませんが、一生の仕事として、覚悟を決めてやり抜くしかありません。
オンもオフもありません。
それは、ずっと厨房にいるという意味ではありません。
遊ぶ時も全力投球、思考のチャンネルが変わるだけで、頭の中では常に料理にどう落とし込もうか自然と考えています。
すべての経験がインプット情報になりますし、それらが結びついて、新しいモノの見方が産み出されると考えています。
ちなみに、何かを学ぶ時に、考えをまとめる時以外、私はメモを取りません。
本気でインプットして、本当に印象に残ったモノは忘れないものです。
メモをする作業に気を取られずに、なぜここでこうするのだろう、という事をその場で徹底的に考え抜きます。
理由がわかって、腑に落ちれば、忘れないモノになります。気になれば何度でも調べる事になります。

【条件②:諦めない】

今の時代は沢山の選択肢や情報が溢れているので、シミュレーションして成功する確率が低いからとか、経験せずに頭でっかちで、考えすぎて諦めてしまう人が多いように思えます。でも、自分の信じる事に思い切りチャレンジする、まずは行動する、という事が大切だと考えています。
それは、インプット情報になり、覚悟を固めていく事にも繋がっていくからです。

自身の思うままに行動すると必ず失敗します。なにもわからず行動に移すのですから失敗するのは当たり前です。周囲と軋轢が起きる事もあるでしょう。
ですが、その失敗から得るモノは大きいのです。
失敗してさらに、トライする事で新しいステージが見えてきます。
失敗を前提にするのは良くありませんが、失敗を乗り越える事で生まれる経験値は、何物にも変えがたい財産です。
成功する人というのは、成功するまで、何回でも諦めずにトライする人なのです。

言い換えると、成功する人は何度でも、その経験を積み重ね、さらに経験から得る事で、何度もステージを上げている人なのです。
失敗して失敗して、そこから得た小さな自信を積み重ねて、それでもやるのだという覚悟を固めていく事が秘訣です。
平々凡々と、器用に上手く世の中を渡ってきた人よりも、どん底を経験している人の方が強いのです。
偶然の成功は続きません。
成功し続ける為には、インプットして24時間考え続けなくては可能性は広がりません。

新しい経験をせず、つまりインプットしないで深く考えても、可能性が広がりません。今までの経験、知識、感性の中での堂々巡りを繰り返すだけです。
トライしなくなった時点で、叶わない事が確定します。
結局は、それでも成功したいという覚悟があるかどうかです。
幸せになる事を諦めないでください。

【条件③:バランスの取れた信頼関係】

継続する為だけではなく可能性を広げるチャンスは、バランスの取れた関係性から生まれます。自然環境と人間の関係もそうですが、バランスが取れていないモノは、サステナブルではないです。大家族で、人の気配を感じながら育った昔とは違い、今は人への自然な気配りを育む事は難しいです。だからこそ、育った環境の違う人たちと、調和を取りながら一緒に仕事をして、バランス感を養っていく事が大切だと思います。茶道の作法には、そういった気配りがすべて含まれていますから、茶道を学ぶのも良い方法だと思います。
自然環境からも学ぶ事は沢山あります。

京都𠮷兆での新卒採用試験の際に、将来設計について質問すると、「いずれは独立したい」という人が多いです。勿論それは、良い事なのですが、ではその為に何が必要かを尋ねると、皆が「技術」や「お金」だというのです。
当然、技術や知識は、大切です。店を借り、調度を整え、健全な食材を調達するにもお金は重要かもしれません。先ほど申し上げたように、感性や覚悟、努力も必要でしょう。でも、継続した成功の為に最も大切なのは"信頼関係"です。
小さな店で成功すると、たいていの場合、店舗を増やすか、店を大きくします。
全スタッフとの信頼関係を築き情報共有できていないと、特に常連のお客様のパーソナルな好みにお応えする事ができなくなります。すると、お客様は裏切られた気分になり離れていきます。ビジネスを拡張する際にも、お客様やスタッフ、近隣の方々、取引業者さん等々との信頼関係を、さらに構築する事は凄く大切です。

私も京都𠮷兆の3代目として、これまで祖父や父が築いてきた信頼を大切に考えています。利休が確立した茶道が、今も継承されているのは、皆さんから求められ、信頼できる本質を持ち続けているからでしょう。
それと同じ様に、人類が継続する為には、食の本質を探り、最先端技術や目に見えるモノ、見えない森羅万象のモノやコトと融合し、リアルな生活で必要とされる、日本人気質を大切にした提案をし続ける事が重要です。それを実現する為には、バランスの取れた信頼関係の構築が必要なのです。つまり、日本文化の創造です。

チーム京都𠮷兆として、信頼され求められる存在価値を、後世まで受け継いでいける環境をさらに、充実させたいです。
京都𠮷兆で、ごく限られた人に極上の食体験を提供する事も大切ですが、同時により多くの人に"健全な食"を届けたいと考えています。
数年前から、自然由来食材のみを使用した国産野菜アイスクリームを食品メーカーと共同開発し、コンビニエンスストアで発売したのも、そのような思いからです。

伝統をただただ継承するだけでなく、時代に合わせた価値の本質を提供していく事、それが最終的には信頼感につながっていくのだと考えています。

徳岡邦夫
1960 年生まれ。「吉兆」創業者湯木貞一氏の孫にあたる。20 歳から本格的に修行を始め、貞一翁から料理の核心を学ぶ。修行を経て京都・嵐山本店へ。1995 年以降、総料理長として現場を指揮。2008 年北海道洞爺湖で開催された首脳サミットG8 にて日本料理を担当。2009 年以降嵐山本店はミシュラン3つ星の評価。2015 年イタリア ミラノ万博の国際連合食糧農業機関(FAO)にて日本人料理人として初めて地域活性化を提案。2015 年 文化産業科学学会 名誉理事就任。 2016 年 東京農業大学客員教授就任。伝統を守りながらも時代に即した食への多方面からのアプローチに挑戦し続け、日本料理に多彩な演出、提案を行い、日本食の啓蒙に尽力する。

仲山今日子=取材、文 

仲山今日子
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。


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