心の琴線に触れるのが日本料理の真髄。味・香り・WAO!の3つがおいしさを作る。 赤坂 菊乃井 村田吉弘さん


素材を吟味し、理想の味を追い求め、経験と鍛錬によって技術を身につけながら、時に基本に忠実に、時に独創的に、少しずつ姿を変えながらも「おいしさ」へのアプローチは続く。そんな料理人たちの考える「おいしさ」への道筋とは?

イマジネーションを喚起する料理が食べる人を「おいしい」へと導く


「日本料理には頭の中にあるイメージが一番のご馳走という考え方がある」と村田吉弘さん。「たとえば茶室で、淡い桜色の『吉野山』という名前のお菓子を出されると、頭の中が吉野山の桜でいっぱいになる。そして掛け軸を見て、道具合わせを見ると、まるで吉野山の中でお茶をいただいているような気持ちになるわけや」

5感に訴えかける四次元の料理を目指して


「おいしさ」にはいくつかのランクがあり、その極みは食べて泣くことだと村田さんは考えている。
「誰にでも心の琴線に触れる料理というものが必ずある。今時期なら『焼きとうもろこしのソルベ』を箸休めとして出すことがあるけれど、『子供の頃に父と行った縁日を思い出す』というお客さまなら、その日一番のご馳走が焼きとうもろこしになるやろな」
それが日本人であり、イマジネーションをかき立て、心の琴線に触れるのが日本料理の真髄だという。
「それともうひとつ。どこまでが香りで味なのかという、香りと味の線引きは難しい。コーヒーは香りがあるからおいしいわけで、もし香りがなかったら単に苦いお湯なんや」

だからこそ、料理に「香り」は欠かせないものであり「香り、味、そしてWAO!という驚きや感激がおいしさを形成している」と村田さん。
「そして店にはブランドがあり、その店の料理人が出す料理だからという、お客さまの信頼によって料理が成り立っていることも、忘れたらあかんのや」
京都の老舗料亭の主人として、その看板に恥じない料理を出し続けることの重みを誰よりも深く理解しているからこそ、出てくる言葉なのだろう。

村田さん流・おいしさの道筋(ロジック)

1.勘や経験に頼らない

「遠火の強火とか、竹串を刺して火の通りを確認するとか、それらを理解するのに経験が必要とか、そんなことはない。中心温度計刺したらそれで完了や。『中心温度72度で揚げとけよ』なら誰でもできる。レシピの管理と技術の均一化は必要よね」

2.人を育てる

「最初の5年間にどこでどんな教育をされたかは、料理人として一生残る。人をちゃんと育てなければ、自分たちの将来がない。添え木を添えて立派に成長するように導くのが自分たちの役目。若いうちに自分を養える肥料と精神力、哲学を得るべきやね」

3.オリジナルにこだわる

「うちの店では、毎月毎月の料理がオリジナルで続いている。その中でこれが名物とかスペシャリテとは自分で言ったことがない。お客さまが繰り返し所望してくれることで、お客さまたちによって作られていったんやね」

「まるで海のそばにいるよう」そう感じてもらうのが狙い

真っ白な塩を盛って蓋をする塩釜焼きも、今でこそ「菊乃井」の料理としてお馴染みだが、この形に辿り着くまでに約5年を費やした。
「最初はアワビをほうろく焼の中に入れて、塩をかぶせてオーブンで焼き上げていた。でもこの方法だとどうしても広い場所が必要になる。もっとよい方法はないかと考え、結局は圧力を加えながら温度がゆっくり上がるようにすればええんやと、思いついたのがこの形や」と村田さん。

この料理が運ばれてくると、多くの人がその形状に驚く。蓋を開けると磯の香りが漂う。アワビとウニそれぞれの旨味に、ワカメの旨味成分であるグルタミン酸が重なって芳醇な香りと旨味が口の中を満たす。
「おいしさ以上に、お客さまに何を伝えたいか、どうなってほしいかを考えることが大切やね」

赤坂 菊乃井 村田吉弘さん
鮑の塩釜焼き
肉厚で身がしっかりした高知産のアワビと、この日は函館産のウニを使用。それらを徳島は鳴門海峡産のワカメで包み、卵白を混ぜた塩で覆い、蒸し焼きに。本来は1カ月だけ献立に入れる料理ながら年中出せるようにしているという、お客さまからの所望が絶えない一品。

日本料理にフカヒレも使う前例にとらわれない姿勢


村田さんが「菊乃井木屋町」の主人として店に立っていた頃、当時テレビで活躍していた中国料理の周富徳さんから1本の電話が入った。「今度テレビの企画で店にスタッフを連れて行くから、何かフカヒレを使った料理を作ってくれないだろうか」

その話を受けた村田さんは、スッポンのスープでフカヒレを炊くという料理を作り上げた。

「この料理を作ったのは、あの時が最初。フカヒレそのものにはほとんど味がないので、日本料理の中で一番濃いスープであるスッポンのスープを合わせてみようと考えた。周さんはこれを食べて『中国料理よりおいしい』と言ってくれはった。濃いだしでフカヒレを炒り付けた中国料理と違い、中までじっくり味が付いている。そらおいしいやろな」

さらに、この料理は周さんの勧めで店でも提供するようになった。中国料理の食材であるフカヒレを日本料理に使った前例はなく、当時としてはかなり画期的なことだった。

「国産のフカヒレを使うわけやし、ええやろと思って出してみたら、お客さまはすんなり受け入れてくれはった」
前例のないことにも果敢に挑み、食べる人を満足させてきた村田さんは、日本料理の文化を守る存在であるのと同時に、自らその可能性を拡げてきた挑戦者でもあるのだ。

赤坂 菊乃井 村田吉弘さん
ふかひれ鍋
懐石の強肴として提供。具材は国産のフカヒレとスッポン、それに自家製のごま豆腐と焼きネギのみ、というシンプルなもの。さらに露生姜(ショウガの絞り汁)が味わいのアクセントとなっている。
赤坂 菊乃井 村田吉弘さん

赤坂 菊乃井
東京都港区赤坂6-13-8
03-3568-6055
● 12:00~12:30LI(月休) 17:00~19:30LI
● 日、第1・3月休
● コース 昼10000円(サ別)、夜16000円~(サ別)
● 50席


田中英代=取材、文 岡本 淑=撮影
text by Hanayo Tanaka photos by Yoshi Okamoto


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