今年3月29日、渋谷にオープンした「さじや」。池上ひさかさんとパートナーの田中篤さんが、ともに温めてきた思いを形にした店だ。
10年ほど前から店を持ちたいと考えていた池上さんがもともとイメージしていたのは、食事が楽しくなるような賑やかな「食堂」。目標に向け、飲食店で接客や調理の実戦経験を積むなかで、料理人として独立を志していた田中篤さんと出会う。彼の料理の経験がフレンチをベースにしていたことから、店のプランにはビストロの要素が加わった。それならば「ワインは欠かせない」と考えた池上さんは、ワインショップに勤務。ここで現在「さじや」の顔となっている自然派ワインとの出合いを果たす。「自然派ワインをブームで終わらせたくない。カップ酒を飲むような気軽さで、もっと多くの人に楽しんでほしい」という新たな思いが加わり、店のコンセプトはより明確なものとして固まってゆく。
彼らの手元には、まだ新しい事業計画書が残っている。そこにはメニューの絞り込みや価格設定など、試行錯誤の跡が多数見られ、いかに彼らがじっくり着実にプランを詰めてきたかが伝わってくる。
物件探しは、開店の1年ほど前から開始。「ここは賃料と共益費で約14万円。安すぎてかえって怪しいと思っていたのですが(笑)、たまたまほかの物件を見た帰りに通りかかり、外観にひと目惚れして決めました」と池上さん。開業資金は自己資金と借り入れを合わせて800万円。決して充分な額ではなかったが、若いふたりの個人経営ゆえ、壁のペンキ塗りやカウンターのワックスがけは自分たちで行い、電気、空調設備、内外装費は計320万円に抑えた。店内に配されたアンティークのスツールや傘立ても、骨董市を巡っては買い集めていたものだ。
お客がふたりでビストロもしくはバルとして、また、ひとりで食堂として利用した場合など、それぞれの利用動機の消費金額を検討したうえで、「気軽に立ち寄ってもらえる店でありたい」という考えから、客単価は4000円台前半と、ワインを置く店としては低めを想定。しかしオープンしてみると、しっかり食事とワインを楽しむお客が多く、事前に想定していた以上の客単価になるケースも多いという。
渋谷の街に、まさに誕生したての自然派ワイン食堂「さじや」。潤沢な資金力ではなく、個人ならではの自由な発想と着眼点を切り札に飲食業界参入をめざす未来のワインバーオーナーにとって、この店の成長はひとつの指針となるに違いない。
さじや
東京都渋谷区神山町9-17神山ビル101
03-3481-9560
● 18:00~0:00
● 月休