新たな高級日本酒ブランドとして話題を呼ぶ「SAKE HUNDRED」。長い歴史と伝統を持つ蔵元がほとんどだった日本酒業界に、革命児のごとく参入した生駒龍史さんは、「日本酒の魅力を伝え、日本酒の未来をつくりたい」という想いでこのブランドを立ち上げました。今回は、フランス料理界で同じく革命児と称されてきた三國清三さんと、日本酒とレストラン業界のサステナビリティについて語り合っていただきました。
生駒龍史さん(以下、生駒) 初めまして! 今日は三國シェフにお会いできるのを、非常に楽しみにしてまいりました。
三國清三さん(以下、三國) こちらこそ、初めまして。僕もお酒が大好きだから、話題の日本酒を味わえると聞いて楽しみにしてきました。
生駒 光栄です。「SAKE HUNDORED」のフラッグシップ「百光」をお持ちしましたので、まずはお飲みになってください。
三國 (二人で乾杯の後)おお! これは良い意味で、日本酒と言われないとわからないかもしれないね。軽やかでクリアな味わいで、白ワインのようなニュアンスもある。これでアルコール度数が15%あるの? もっと軽やかに感じますね。それでいて余韻も伸びやか。
生駒 ありがとうございます。「百光」は、多くの人がイメージしている「日本酒って重たくてきつい」という、どちらかというとマイナス方向にとられがちな味を極力出さないように造っています。特に、酒米を18%まで磨きあげるのが造りの特徴の一つです。水は、超軟水と言われる鳥海山(山形県酒田市)の伏流水を使っています。それで、すっきりとした飲み口になっています。
三國 そこまで酒米を磨くのは、難しいでしょう? 僕、実は15歳の時に米屋に住み込みで働いていたんだよね。だから、精米と聞くと懐かしくて(笑)。
生駒 そうだったのですね。ではお詳しいと思いますが、酒造りにおける精米ではいかにお米を綺麗に磨くかが大切です。精米時や洗米時にお米が割れてしまうことがあるのですが、割れた米は溶けすぎて雑味の原因になります。それを防ぐため、「百光」の精米では通常の砥石ではなく、より斬れ味の鋭いダイヤモンド砥石を使用したり、10kg単位でお米を洗うなど複数の工夫をしています。その結果、お米は割れずに綺麗な状態で発酵し、澄んだ味の酒になるのです。
三國 なるほど。だから、重さを感じず、透明感がある。あと、フルーツの香りもするよね? これは何だろう。
生駒 研ぎ澄まされた透明感は一番大切にしていることなので嬉しいです。香りは、完熟したリンゴや白桃、百合の香りが感じられるかと思います。
三國 リンゴの香り、するね! 我々のように料理を提供する立場からすると、このお酒の魅力をどのようにお客様にアピールして誘導していくかを考える。皆様がよく知っているリンゴの風味や豊かな余韻というように説明すると、魅力が伝わりそうです。そしてこの「百光」は料理にとても合わせやすいはず。
生駒 おっしゃる通りです。なお料理に合うという意味では、新潟の淡麗辛口のような個性を隠した「名脇役」というイメージよりは、主張があるけれども、主役を邪魔せず引き立てるダブル主演の位置付けを目指しています。
三國 僕が5年かけて作った『JAPONISÉE』(ジャポニゼ)という本があって、日本全国の生産者さんを訪ねて料理を作っているのですが、その中に越前ガニのミソと日本酒で溶いた料理があるんです。この「百光」を合わせると、百光のクリアかつふくよかな味、フルーティーな香りが、蟹ミソの旨みと甲羅からのほのかに香ばしい香りと合いそうです。
生駒 『JAPONISÉE』は、素晴らしいご本ですね。三國シェフは、本場でフランス料理の技術を習得なさいましたが、日本各地の食材も積極的に料理に取り入れられています。それが、料理界では大きな流れを作ったのですよね。
三國 フランス料理を志した料理人として、本場のフランスでルーツやベースを勉強するのは、自分にとってはごく当たり前のことでした。フランスでは数々の三ツ星レストランや、伝統料理のレジェンドと呼ばれるシェフのもとで修業しましたが、最後に門を叩いたのが“厨房のダ・ヴィンチ”と称され、当時業界の内外からもっとも尊敬されているシェフだったアラン・シャペルさんのレストラン。そこで、僕の人生を変える大きな出来事があったんです。
生駒 そんな大事件が?
三國 当時、僕は27歳。名だたる三ツ星レストランで修業を積み、しっかりと戦力にもなれていて、自信を持ち始めていました。しかしシャペルさんの店の厨房に入って3ヶ月目、料理を仕上げたら言われたのが「セ・パ・ラフィネ」。つまり、「洗練されていない」という意味の言葉で否定されたのです。そしてその後、フランスを離れるまでひと言もしゃべってくれなかった(苦笑)。
なぜそう言われたのか? 意味がわからなかったのですが、ある夏の日にまかないでそうめんを作った時に気がついたんです。私たち日本人は、暑い時期はさっぱりしたものが食べたいでしょう? でもフランス人は、夏でもバターや生クリーム、チーズをたっぷり食べたがる。パワーをつけて暑さを乗り切るのだと。その時、「私は、この人たちとは根本的に違う。日本人なのだ」と気付きました。
生駒 フランスでのその経験があって、日本人らしいフランス料理を作ろうと思われたのですか?
三國 最初は違いました。帰国してシェフに就いた当初は、フランス仕込みの料理のコピーですよ。でも、なんだかおいしくない。理由はフランスとは素材が違ったから。それに気が付いてから日本の素材を深く知ろうと思い、全国の産地を訪ねるように。自然と、日本の素材で私が作りたいフランス料理を作るようになりました。
この本のタイトル『JAPONISÉE』は、アラン・シャペルさんが亡くなる3ヶ月前に私のレストランで食事をした時、ゲストブックに記してくれた言葉です。フランス語で“日本に影響された”という意味。日本人の私に向かって言うのは本来おかしいけれど、僕をフランス人料理人として見てくれたシャペルさんならではの褒め言葉だと思っています。
三國 僕が昔、日本の素材に合わせたフランス料理を作った時、最初は「これはフランス料理じゃない」なんて散々叩かれたものです。でも結局、お客様が支持してくれて「革命児」と言われるように。独自の方法を試したり、高価でも上質に突き抜けた日本酒を作る生駒さんも相当な革命児だよね(笑)。
生駒 そう言っていただけると嬉しいです。ただし単に高価なものを作ろうというわけではありませんし、SAKE HUNDREDを通して日本文化や蔵元が継承されるのは大事ではありますが、主な目的ではありません。
僕が日本酒業界に飛び込んだ理由は、単純に日本酒が大好きだったからなのです。おいしい日本酒は料理にも合うし、何より素晴らしい食体験をもたらしてくれる。人の幸せに貢献してくれる飲み物だと思いますし、大げさではなくて僕は日本酒に出会って人生を変えてもらったと思っているのです。
三國 やはり、人間はおいしいお酒を飲んで食事をすると、幸せな気持ちになれるんですよね。
生駒 ところが、そんな素晴らしい力を持った日本酒の業界が疲弊しているというギャップに直面しました。儲かっていないから、日本に約1500ある酒蔵の中で毎月2、3社が廃業するような状態です。儲からなければ新しい雇用も生まれないですし待遇の改善もできない、挑戦もできないという悪循環です。
元々、この業界は血筋を受け継いでいく形ですから基本的に外部からの参入はありません。守ることに一生懸命で新しいことは挑戦しにくい。ですから、そこの部分をベンチャーである僕たちが担っていくことで、経済的なサステナビリティを実現したいと考えています。
三國 和食が伝統的な日本文化として海外から注目されるのと同様、日本酒への関心も大きいですしね。
生駒 おっしゃる通り、僕も日本酒の伸び代は海外にあると思っています。ただ、海外に出るためには、まず日本で評価されることが大切。原産国である日本人が良いと思っていなければ、海外で売れるはずがありませんから。SAKE HUNDREDのブランドは、ほとんどが3万円以上の高額商品。これまで、日本酒が手をつけてこなかったマーケットですが、僕らが広げていけば少しずつ変えていけると考えています。
三國 料理業界も、同じような問題を抱えていますよね。僕は、料理人の地位の向上のため、「菊乃井」の村田吉弘さん達と一緒に10年前から文化庁に「料理人から人間国宝を出してほしい」と掛け合ってきました。粘った甲斐があって、ようやく3年後にそれが実現する道筋がつきました。しかも、その中には杜氏も入っている。政府も日本酒を世界に広めていきたいと考えているということ。これは大きなチャンスですよ。
生駒 素晴らしいですね!
三國 一つのきっかけではありますが、料理人や杜氏の仕事が社会的に評価されることで、後に続く人や目指す人が増えていけばいいと思います。
例えば、「百光」のような新しい味わいのお酒を飲んで「これは日本酒じゃない」と否定する人と、「こんな日本酒があるの?」と興味を持つ人と、二つに分かれますよね。でも、我々のような革命児はそんなマイナスの評価には絶対に負けず、信じたものをやり続けることが大切。
生駒 SAKE HUNDREDが自信を持っているのは、おいしいものを丁寧にとことん作っていることです。高価なものを売るのはプレッシャーがありますから、それだけロジック的にも感性でも訴えかけるものでなければなりません。そんな中、今日三國シェフに「おいしい」と言っていただいたことは大きな自信になりました。ファンの方々を国内、海外にも少しずつ増やして、点と点を繋げていきたいですね。
三國 応援します! 「百光」はうちのレストランでもオンリストしますよ。
三國清三(みくにきよみ)
1954年北海道増毛町生まれ。1974年、駐スイス日本大使館料理長に就任。「ジラルデ」、「トロワグロ」、「アラン・シャペル」などの三つ星でも経験を積み、帰国後1985年に「オテル・ドゥ・ミクニ」(東京・四ツ谷)を開業(2022年12月に閉店)。2023年10月に開業した麻布台ヒルズでは、「dining33」をプロデュースしている。自らの集大成とも言える著書『JAPONISÉE』は、グルマン世界料理本大賞2020を受賞した。
生駒龍史(いこまりゅうじ)
1986年、東京都生まれ。IT企業などを経て2013年に株式会社Clearを設立。14年に日本酒メディア「SAKETIMES」を、18年に日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を創業。事業成長により日本酒の発展に貢献し続ける。国税庁主催「日本産酒類のブランド戦略検討会」委員(19~23年)。24年、⽇本醸造学会若手の会より醸造⽂化賞を受賞。
SAKE HUNDRED公式サイト
https://jp.sake100.com
text: Nobuko Minagawa
photo: Haruko Amagata