和食がユネスコ無形文化遺産に登録されて以来、和食店は世界の隅々にまで浸透しつつあるが、本来の和食を忠実に表現する店はまだ数少ない。それは野原さんの現在の赴任先であり、約200万人もの日系人が住むとされるブラジルも例外ではない。
そこで野原さんは、各国のゲストたちに「本物」を提供することはもちろん、現地で和食店を開く料理人たちにも「本物を目指してほしい」と正しい調理法を伝授。和食全体の底上げに尽力している。たとえば、魚の包丁の入れ方、盛り付け、鮨酢の作り方や鮨の握り方、てんぷらやフライを香ばしく仕上げる方法など。野原さんは東京のさまざまな店で経験を積んだキャリアの持ち主。その高度で繊細な技を間近に見ることで日本料理に対する認識が大きく変わった人と言う人は多い。
「ブラジルの人には、“魚は臭い”という固定観念があり、原因は魚の処理に問題があるからなんです」
これを改善するため、野原さんは現地で魚を商う人たちも指導。魚の内臓を素早く抜き、氷で冷やして丁寧に扱うことなどをレクチャーした。こうしたことを1つ1つクリアしていくことで、「魚のおいしさを実感してもらえるようになりました」と嬉しそうに語る。
また、会食やレセプションパーティーでは質の高いコース料理を目指すだけでなく、日本の伝統や文化、料理の裏側にある物語まで考慮して構成を決めている。それを大使からゲストに語ってもらうことで、日本を理解し、より日本を好きになってもらうきっかけになればと考えているのだ。
「日本の役に立つ仕事がしたい」との思いから公邸料理人になった野原さん。3番目の赴任先となるブラジルでは、ますますやりがいと手応えを感じているようだ。
「日本の魅力を伝えるには、視点を変えて日本を見つめ直すことも大切。その訓練の意味でも、ぜひ若い人に公邸料理人を体験してほしい」と語りつつも、「ただし、修業はしっかりしておかないとすぐにボロが出てしまうので注意してください」と付け加えた。あえて辛口のメッセージを送るのは後輩を思う野原さん流の愛情表現でもある。
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