おいしい日本再発見 in Nagano

豊かで清らかな水が育む美食の秘境「信濃大町」

長野県の北西部、北アルプスの山麓に広がる大町市。
山々がもたらす“清冽な水が生まれるまち”を5人の実力派シェフたちが巡り、食を追求する個性溢れる生産者たちと滋味豊かな食材の数々に出会った。

土壌に惚れ込む生産者によるポテンシャルを秘めた食

県下では有数の穀倉地帯として知られる大町市だが、秘境とも称されるその立地からか全国的な知名度は上げずにいた。だがここ数年、北アルプスの山々がもたらす潤沢な雪解け水や、活力溢れる土壌で育まれる質の高い食材に魅せられる大企業や料理人が後を立たない。野菜の目利きに定評のある神保佳永さんもそのひとりだ。今回は大町市の食の魅力を探るべく、神保さんを含む人の実力派シェフとともに市内を巡った。豊かな土壌に惚れ込んだ個性豊かな生産者たちによる取り組みを知ることで、大町市の秘めた食の実力を垣間見た。

信濃大町の“水”を巡る

信濃川の最上流域にある大町市は、冷たく澄んだ雪解け水が豊富に湧き出る“水のふるさと”。法律基準を満たす次亜塩素酸ナトリウムは入るが、市内には浄水場がなく、家庭では湧水がそのまま水道水として使われている。

上白沢水源
大町市にある4つの水源のうち、最も標高の高い位置にある水源。標高1186mという高さに加え、水源地周辺一帯が国立公園に指定され、自然環境が保全されている。硬度14mg/Lの軟水が毎時500〜600m³湧き出ている。
破砕帯の水(扇沢)
黒部ダム建設時に一番の難所となった地層・破砕帯から噴出する水。毎秒660L(※)という湧水量があり、黒部ダムと扇沢駅では水道水として使用する。硬度は季節により異なるが74〜167mg/Lという国内では珍しい中硬水だ。(※黒部ダム建設当時)

信濃大町の“美食”を巡る

米やそば、リンゴなど、冷涼な気候を活かした農業が古くから盛んな大町市。市内にある3つの湖(木崎湖、中綱湖、青木湖)では淡水魚も育まれるなど、水の豊かな町ならではの恵みにも溢れる。かつての宿場町の影響を色濃く残す郷土料理や食文化も魅力のひとつだ。

岩魚
鹿島川の清流を引き、稚魚から岩魚や信州サーモン約100万匹を養殖。エサは、魚粉と脂肪分にビタミンなどを特別配合。魚の食べ方に合わせて、エサの脂肪分を変更する。魚の締め方や下処理にも定評があり、指定通りの方法での出荷納品が可能だ。

信州黄金シャモ
長野県の畜産試験場で2007年に開発された新品種の地鶏。歯ごたえがあり、最も食味の良いと称される「シャモ」を父鶏に、母鶏には歯ごたえとコクに定評のある「名古屋種」を掛け合わせる。ジュワッと肉汁が溢れる旨みは噛むほどに増し、脂肪分が控えめのため後味の良さが特徴。

王様トマト
品種名は麗容。輸送中の劣化を避けるため、他品種の多くが青いまま収穫されるのに対し、果肉がしっかりとしているため、赤くなってからの収穫が可能。その分、リコピンや遊離グルタミン酸などの栄養が豊富で、旨み成分が多く含まれる。

信濃大町の“美酒”を巡る

市内には3つの酒蔵を有し、古くからの酒処でもある大町市。今年3月には、安曇野市と池田町とともに、小規模ワイナリー(醸造所)を開業できる国の「ワイン特区」に認定。ワイン事業への更なる参入増加が期待されている。

リンゴ
リンゴ栽培に最適な環境の大町市。アメリカ・ポートランドで醸造を学び、小諸市の「宮嶋林檎園」の宮嶋伸光さんと共同開発した「SON OF THE SMITH」。グラニースミスとアメリカ原産のゴールデンラセットを使用したハードサイダーは、シャープで爽快な口当たりだ。

ノーザンアルプスヴィンヤード
日照時間が長く、寒暖差の大きい大町市は、年間降水量も国内では少なく、扇状地である一帯は水はけも良い。ブドウを生育するのに最適と言える環境で、ワイン造りを始め、2015年からは自社醸造を行う新進気鋭のワイナリー。現在は年間1万2000本を生産するが、将来的には2万本を目指す。

Vin d’ Omachi Ferme 36
大町の白亜紀から形成される花崗岩質の土壌にロマンを感じ、2016年2月に栃木県より大町に移住してきた矢野喜雄さんによるワイナリー。混醸すると品種の特性を打ち消すととらえる人もいるが、矢野さんは品種同士が支え合い相対的にこの場所だけの味「テロワール」が現れれば良いと考える。


(左上)「szechwan restaurant 陳」 Kazutoyo Inoue 井上 和豊
1981年秋田県生まれ。専門学校卒業後、2001年赤坂「四川飯店」に就職。系列店である渋谷「szechwan restaurant 陳」の開業から厨房に立ち、2017年に料理長就任。

(左下)「HATAKE CAFE 日本橋髙島屋S.C. 新館店」Yoshinaga Jinbo 神保 佳永
1977年茨城県生まれ。フランス・イタリアでの修業や都内の数店を経て、2010年、南青山にイタリア料理店「HATAKE AOYAMA」を開店。フードコンサルティングとしても精力的な活動を行う。今年9月には「HATAKE CAFE 日本橋髙島屋S.C. 新館店」をオープン。

(中央)「ノンナジーニャ」Kohei Igarashi 五十嵐 孝平
1973年長野県生まれ。専門学校卒業後、赤坂「グラナータ」などに勤務後、イタリアトスカーナ州へ留学。帰国後数店を経て、2008年東御市に「ノンナジーニャ」をオープンする。

(右上)「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」Kenichiro Sekiya 関谷 健一朗
1979年千葉県生まれ。2002年渡仏。パリの名店「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」で、26歳の若さでスーシェフに抜擢。ロブション氏の絶大な信頼を受け、六本木「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」のシェフとして凱旋。

(右下)「クチーナ ヒラタ」Takeju Machida 町田 武十
1977年長野県生まれ。専門学校卒業後、1998年、麻布十番「クチーナ ヒラタ」に入店。平田勝シェフの元で13年間修業を積む。2010年に店を譲り受け、オーナーシェフに。