「イル・カステッロ」木村直人シェフ、「アオヤギ」青柳拓也シェフと巡る福島 24年12月号


福島県は三つの地域に分かれている。阿武隈高地から東を浜通り、奥羽山脈から西を会津と呼ばれ、この中間にある地域が中通りだ。福島県の食と酒を日本国内外に発信する「テロワージュふくしま」に加盟する2人のシェフとともに浜通りと中通りの生産者の元を訪ねた。

福島県最大の漁船数の相馬漁港
阿武隈山地の川内村には「イワナ」も

浜通りを案内してくれたのは、いわき市のイタリアンレストラン「イル・カステッロ」のオーナーシェフ・木村直人さんだ。東京・銀座にあった「エノテカ・ピンキオーリ」など、都内のイタリア料理店を中心に20年以上腕を磨いてきたシェフである。

2019年、故郷のいわき市に「イル・カステッロ」を開いて独立。「常磐(じようばん)もの」と呼ばれる魚介類を中心に、県内の畜産品や野菜などを使った骨太なイタリア料理で、県外からもゲストが集う人気店になった。

「11年の東日本大震災の時は、東京にいました。周りの料理人達たちは『福島県の食材は使いにくい』と言っていて嫌がられました。それが悔しくて。地元に帰ったら福島県の魚介類をたくさん使おうと心に決めたんです」

地元・いわき市の漁港だけでなく、北部の相馬市の松川浦漁港の魚を扱うことにしたのは、地元に戻って5年が経ち、今まで以上に料理の幅を広げたいと考えたからだ。
「小名浜や勿来など、いわき市には全長60kmほどの沿岸に7つの港があるんですが、今回伺う相馬の松川浦漁だけで、その港の船の数を越えるという人もいる大きな漁港です」

松川浦漁港の漁師で福島県漁青連の会長を務める高橋一泰さんは、現在小型船が130~140隻あり、「全国でみても大きい漁港です」と答える。主な漁法は底びき網漁だ。

2.6kg越えのタイや4.4kg越えのヒラメなど大きく身が締まった魚を前に、いわき市の魚とは違った魅力を木村さんは感じた。
「いわきと相馬、どちらもいい。東京のシェフには、仲買人さんや漁師さんと良いコミュニケーションをとりながら長くお付き合いをしてもらいたいです」と木村さんは言う。11月からはサバやアンコウ、ホッキ貝なども加わり、漁港はさらに活況を見せる。

相馬漁港
底びき網漁で知られる東北随一の漁港

福島県沖は、暖流と寒流が交わる「潮目」に位置する好漁場で、県内に揚がった魚介類は「常磐もの」として人気が高い。震災以降、処理水の放出などで風評被害が続くが、相馬の漁港をはじめ福島県漁業協同組合では、国が一般食品に定める放射能基準値100ベクレル/kgの半分50ベクレル/kgを水揚げされた魚に対する独自基準として定め、より厳しい監視を行っている。

海から阿武隈高地の中央部にあたる川内村に移動し、木村さんが紹介してくれたのが「いわなの郷」だ。人郷離れた山の中で、沢から流れるきれいな水を引いた生け簀で育ったイワナは、川魚特有の匂いがなく、刺身でも食べられるという。川魚は海魚とは異なる特有の香りや内臓の苦みがある。イタリアにはない食材ではあるが「料理の幅を広げたい」という木村さんが3年前から使い始めた食材だ。

いわなの郷
人里離れた山から流れる清流で育ったイワナ

「いわなの郷」は、阿武隈高地の中央に位置する川内村のなかでも特に山の中にあり、これ以上先に人家のない秘境にある。近くを流れる沢から水を引いた生け簀で1年半かけてじっくり育てたイワナは、1.2kgを越えることも。清流で育つため臭みがなく刺身でも食べられる。

川内村には「かわうちワイナリー」もある。標高750mほど高地にある花崗岩土壌の自社畑では、シャルドネやソーヴィニヨン・ブラン、メルローなどヨーロッパのブドウ品種が栽培されている。自家ブドウ自家醸造の「ヴィラージュ」シリーズは、ワインコンテストで入賞するなど評価が高い。

かわうちワイナリー
2021年に醸造所が完成した最新ワイナリー
「かわうちワイナリー」は、21年に醸造所が完成し自家醸造がスタート。4haの畑にはシャルドネやメルロー、ピノ・ノワールなどのヨーロッパのブドウ品種の木が約1万5000本も。日本ワインコンクール2024の欧州系品種赤ワイン部門で「ヴィラージュ メルロー&カベルネソーヴィニヨン 2022」が銅賞を受賞。

いわき市に戻った木村さんが最後に紹介してくれたのがトマト農家の「あかい菜園」だ。特にお勧めだというのが高糖度トマトの「フラガール」。「フラガールをオイルで煮詰めただけでソースになるくらい、トマトの味わいのバランスがいいんです」と太鼓判を押す食材だ。

あかい菜園
年間20種類を栽培するトマト専門農家

ハウス内に設備された養液栽培施設で、大玉「桃太郎」や中玉「カンパリ」、調理用「サンマルツァーノリゼルバ」など年間20種類ものトマトを育てるのが「あかい菜園」だ。木村さんがおすすめするのは、細長く赤いミニトマトの「フラガール」だ。10月から7月まで出荷される。

「帰ってきてまだ5年。浜通りだけでなく、福島県、そして東北全体のことももっと知りたいと思っています」という木村さんの興味関心が詰まった浜通りの旅だった。

木村直人

1977年、いわき市生まれ。銀座「エノテカ・ピンキオーリ」(閉店)、白金高輪「タランテッラ・ダ・ルイジ」など、都内のイタリア料理店で修業した後、2019年に故郷・いわき市に「イル・カステッロ」をオープンし、独立した。

阿武隈川流域の肥沃で育った作物
日本酒由来の発酵飼料で健康な牛

「アオヤギ」は、福島市生まれの青柳拓也さんが2014年に開いたイタリアンレストランだ。青柳さんは同店を開く前、イタリア・プーリア州で暮らした1年弱以外、20年間の料理人人生を福島県で活動してきた、福島県の食材を知り尽くした料理人だ。なかでも福島市北東、伊達市の旧梁川町地域は、青柳さんが時間を見つけては産地を訪ね続けるエリア。福島県中通りの東北端に位置し、地域内を東北で2番目に長い阿武隈川が流れる。

「19年の台風10号の影響で、阿武隈川が氾濫、梁川町地域が水浸しになりました。もともと 狭窄部で水害が多い地域。言い換えると土地が肥沃だということ。地下水が豊富で、水はけもいい。自然を相手にするのは大変ですが、農業に向いた土地だと思います」というのは、この地で5代続く野菜農家の草野一浩さんだ。

草野さんは年間20種類ほど、少量多品種の野菜を育てる農家だ。取材した9月初めには、10月から11月にかけて収穫を迎えるニラが育っていた。冬にかけてゴボウやサトイモなども始める。「根菜の時期のカブは、とてもおいしいんです。甘くて瑞々しく、まるでモモみたい」と青柳さんは楽しそうに話す。

野菜農家の菅野雄一さんの前職はイタリアンレストランのサービスマンだ。東日本大震災後、実家の家業に戻った。梁川町地域は、砂地や固い土質の土地が隣接する面白さがあるという菅野さんは、その土地柄を活かし、珍しいイタリア野菜を中心に少量多品種の野菜を育てる。「料理に向いた野菜を育てることを心がけています」と、飲食店と長く付き合いながら「こんな野菜が欲しい」という料理人のリクエストにも応えたいという。

國分善行さんは、農薬を使わず、肥料もたい肥も入れない自然型農法で米や果樹、ソバ、野菜などを育てる。「有機JAS認証を取らないのですか?」と聞くと「認証をとるよりも、自分自身の姿勢を貫くことを大切にしてきた。植物本来の力を最大限に活かした栽培に取り組んだ結果、自然型農法と呼ばれようになったということです」と答えてくれた。

伊達市の農家
阿武隈川流域の熱意ある生産者の野菜や果樹

「食材の良さは前提として、長くお付き合いできる信頼できる方を紹介したい」という青柳さんは、伊達市梁川町地域の3人の生産者をまわった。草野さんは、植物が栄養素を取り込む際の利用効率を高めるバイオスティミュラントと呼ばれる方法を採用するなど、先進的な取り組みも行う。菅野さんは、宮城県の伝統野菜「仙台長なす」などの栽培も行う興味関心の高い生産者である。國分善行さんは、12月から始まる干し柿がおすすめだ。

伊達市から南へ。安達太良山の南麓にある大玉村には、青柳さんが応援するブランド和牛「あだたら酵母和牛」を育てる國分農場がある。日本酒由来の酵母菌を加えて発酵させた自家飼料を離乳後から与えることからその名がついた。この「酵母発酵飼料」が牛の腸内環境を整えて消化を促してくれる。体調が安定し健康に育った牛は、肉質も良い。

「牛舎特有の臭いがほとんどしないんです」という青柳さんに國分農場の代表の國分秀作さんは、牛の健康状態の良さとともに、飼育環境・管理の良さが要因だと説明する。

國分農場では24年秋からブランド化をスタート。「アオヤギ」でも積極的にメイン料理の食材として使っている。

國分農場
2024年にスタートしたブランド和牛「あただら酵母和牛」

「あだたら酵母和牛」を育てる國分農場は、19棟の牛舎で年間1250頭ほどを出荷する農場だ。先代社長によって県内産の食品残渣の利活用や日本酒由来の酵母を使った発酵飼料を取り入れることで肉質が向上した。2024年にブランド化した「あだたら酵母和牛」は、生後2カ月の仔牛から農場で育ち、生後3~12カ月以降は牧草とともに自家製発酵飼料を与え、成長とともに内容を変えながら25カ月までじっくり育てる。きれいな脂が特徴だ。

「その土地でとれた食材で料理をするのがイタリア郷土料理です。僕は、それに倣いながらも、イタリアの郷土料理を出しすぎない、その精神を大切にして、イタリア料理の知見も生かしながら、福島県食材を使った、新しい福島の郷土料理を、今回ご紹介した生産者さんと一緒につくっていきたいです」と語る青柳さんは、これからも福島で料理を続ける。

青柳拓也

1986年、福島市生まれ。高校卒業後、福島市内のイタリア料理店に入る11年の東日本大震災をきっかけに退職し、イタリア・プーリア州にわたる。同年帰国し、独立準備に入り、13年に「アオヤギ」を開き独立した。

「究極のおいしさは産地にあり!」福島の食と酒を発信

テロワ―ジュふくしまは「究極の美味しさは産地にあり!」を活動の理念とし、福島県の素晴らしい食と酒を日本各地に紹介するプロモーション活動を、2022年から東京や大阪、京都、さらには福島県内で行う。24年11月からは東京・虎ノ門ヒルズに入るレストランで福島県食材のフェアを1カ月にわたって開催。11月23日(土)には、炭火イタリアン「ピュウファロ」でフェア開催を記念し、本ページで紹介した食材などをふんだんに使った特別イベントを昼と夜に開催する。

テロワージュふくしま レストランフェア
https://cuisine-kingdom.com/terroage-fukushima-fair2024

テロワージュふくしま×ピュウファロ ガラランチ&ディナー
https://coubic.com/terroagefukushima-piufalo/4580891

text: Ichiro Erokumae photo: Tameki Oshiro


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