なぜ今、【木桶】で酒を醸すのか。新政酒造が追い求める日本酒の本質


微生物の力に頼る生酛造りをはじめ、伝統製法を重んじる新政酒造。
2013年には木桶仕込みによる酒造りをスタートさせた。当時、新政酒造を改革した八代目蔵元・佐藤祐輔氏の耳には「木桶仕込みはオフフレーバーが出るのになぜ?」などといった、ネガティヴな声も多く届いた。
しかし、醸す酒=作品で木桶仕込みの魅力を証明し続け、価値観をひっくり返した。最近では「仙」、「而今」、「みむろ杉」、「七本槍」ら日本酒新時代を担う酒蔵でも、木桶の導入が進む。なぜ今、再び木桶で醸す蔵が増えているのか。杉の特性や木桶の魅力を解説しながら、食のプロフェッショナルがどのような視点で新政の木桶仕込みのお酒を捉えているのかを紹介していく。日本酒の本質を追い求める新政の考え方から見えてくるものとは
――。

木桶の中には、醪が入っている。木桶が並ぶ仕込み蔵に入ると、
発酵するお酒の香りと木の香りがほんのりと鼻を楽しませる。

木桶で酒を醸す理由

新政酒造の仕込み蔵には、合計38本の木桶が並ぶ。将来的には全量木桶仕込みを目指している。菌の働きによって、味わいが決まる日本酒造り。木桶に棲む菌が、酒の味わいを複雑にするという。

新政の作品に欠かせない重要なエレメントが木桶

日本人と杉の関係は非常に密接だ。「日本書紀」神代の巻に「スサノオノミコトが髭を抜いて投げればスギとなり」といった趣旨の記述があり、神話の時代から杉を植え、杉を使いこなしてきた民族であることを考えると、日本は木の国とも言える。醸造用容器としては、鎌倉時代から木桶が使われるようになり、江戸時代になると杉の桶樽が主流に。科学的データを持たない江戸の酒造り職人たちが、あえて杉を醸造用容器に選んだのには、どんな理由があったのだろうか。木材加工の専門家、秋田県立大学木材高度加工研究所の足立幸司先生に話を聞いた。

「まず、甕から木製の桶樽に移行した理由に、製造量を増やすために容器を大きくする必要があった時代背景が考えられます。桶樽は、板を並べるだけで大径化が可能だからです。さらに桶樽に杉を用いた理由には、軽いので運ぶのが楽、水分伸縮が少なく酒が漏れにくい、熱が伝わりにくく保温性と酒質の維持に適しているという特長が挙げられます」。

日本酒 1500 年の歴史の中で、最も長く使われてきた容器が木桶だ。しかし、戦後は鉄にコーティングした琺瑯タンクが現れ、木桶で酒造りをする蔵は激減した。金属製の容器にすれば、絶対にお酒が漏れることはないし、扱いやメンテナンスの手間を考えれば当然なのかもしれない。とは言え、現代人よりも遥かに鋭い感覚を持っていた江戸の職人が良しとした木桶仕込みの文化や魅力を、このまま廃れさせていいのだろうか――。

次ページ:木桶文化継承への新政酒造の取組み その①


SNSでフォローする