秋田県を代表する郷土料理といえば、きりたんぽ。しかし、その本場が秋田県北部なのをご存知だろうか?山でマタギが、槍の先に冷えた握り飯を刺して焼いた形がたんぽ槍に似ていたのがその名の由来らしい。やがて、米をすりつぶして(半殺しにするという)串づきよく、外側を焼き固めて鍋の中で煮崩れない形状に工夫された。手で切って鍋に入れたので、通称きり(切り)たんぽ、同時にこ
の地方では鍋の意だ。同じ産地の比内地鶏のガラでだしをとり、具材は比内地鶏、山のキノコで旨味を出し、炊きたての粳米を潰してつくるたんぽがその滋味を吸う。香りのよいセリやゴボウがのって完成だ。北秋田の食材の贅をつくしたハレの鍋が、きりたんぽだ。
10月、きりたんぽの原産地、大館市で地元食材の直売や郷土の味を伝承する体験型交流所「陽気な母さんの店」を訪れた。農村の女性達が自ら土地の食情報を発信するために立ち上げた組織で、助成金ありきでできた店ではない。今年で9年目と、堅実に成長する。こちらで先のきりたんぽの手ほどきを受けると「たんぽは、新米で作るのが一番のおもてなし」と副会長の石垣一子さんの説明で知った。かつて秋田北部は、中央・南部のように米が採れなかった。主な穀物はそばで、米はハレの存在だった。大館市中山地区に今も残る「中山そば」が、その痕跡をとどめている。ヤマノイモでつなぐユニークなそばだ。大館市は果樹栽培もさかんで、北限の梨といわれる和梨の産地でもある。食を発信するお母さんたちの顔は、皆生き生きと輝いていた。
最近は、焼きあがったたんぽに味噌をつける「味噌づけたんぽ」も人気。しかし、本来のたんぽは鍋専用だ。手でちぎったほうが、だしもよく染みて味がいい、と秋田のお母さん。作りたては、真空パックの硬いたんぽとは、まったく違う食感と香りだ。
2001年開設、大館市内女性農家による直売所で、一次生産品だけでなく、加工品、料理、食文化の体験交流と、さまざまなアプローチで大館の食材や食文化の魅力を発信する。店は販売部、食事のレシピを考える食堂部、店のレイアウトデザインを工夫する環境部にわかれる。大館名物のきりたんぽ、中山そばは通年で体験可能。直売以外に月1回発送の旬の味「野菜宅配便」も人気。2004年全国女性企業家大賞最優秀賞を受賞した。
大館市内のコミュニティレストラン「あきたさくら」に届いた「陽気な母さんの店」の野菜。
「あきたさくら」の店主で料理人でもある明石喜美さん(右)と「陽気な母さんの店」の石垣一子さん(左)。食材や調理法の情報を交換し切磋琢磨し合う関係だ。
体験教室できりたんぽ作りを教える陽気な母さん。米をつぶす「半殺し」の頃合が、たんぽの出来を決める。
大館の食材による本場のきりたんぽ。大館市にとどまらず、東京での秋田県のイベントでも郷土の味を伝える活動を行う。
旧藩時代比内地方(秋田県北部)の比内鶏は年貢として納められるほど美味で有名だった。弱さと産卵率の悪さから絶滅の危機に瀕したが、県をあげての取り組みで誕生したのが改良種の秋田比内地鶏だ。多くの生産者集団の中でも、気を吐くのがJAあきた北央。県下トップどころか世界最高の品質をめざす熱き集団だ。設立当初から製品に各生産者名を記して出荷する体制は独自のもの。フランスのブレス鶏に負けない品質と評価が高い。
比内地鶏振興部会、会長の後藤久美(ひさみ)さんと比内地鶏。「毛艶のいいのが旨いです」と後藤さん。鶏は自由に、人(会員)は厳しく飼育ルールの共通共有を徹底している。
24時間、鶏舎と屋外を自由に行き来できる。鶏舎に大切なのは風が流れること。
「佐葉館(さばかん)本舗」では、JAあきた北央の比内地鶏で無添加のハムを作る。
元畜産技術指導員で、今はハム作りをする九島次彦(くしまつぎひこ)さん。燻香をつける木材も、農薬や汚染の問題のない山桜を使用。安全なハム作りを極める姿勢に、ファンがじわじわと増えている。
秋田県伝統食材のとんぶりは、ホウキギの種子を特殊な技法で煮た食品で、大館市比内町が全国のシェアを独占する。かつては他県でも生産されたが、厳寒期に清流で洗浄する作業が過酷なことから次第に生産量が減った。秋田県は洗浄機を開発して生産量を爆発的にあげた。そのプチプチした食感が秋田人好みといわれる。いっぽう、ヤマノイモは米の転作作物。自然薯以上に粘りの強いイモは関西で重宝され、8割以上が関西に出荷される。
紅白なますととんぶり。祝いの席で供される郷土料理。
ホウキギ。先についている実がとんぶりになる。収穫期は9月中旬から10月下旬にかけてで、3月までは生のとんぶりも流通する。
JAあきた北施設運営部の佐藤孝一さん。とんぶりの販売に尽力して長い。
ヤマノイモ生産者の富樫英悦(とがしえいえつ)さん。ボーリングのボールのように丸くてずっしりと重いヤマノイモは、ゲンコツイモとも呼ばれる。葉が紅葉した頃に収穫期を迎える。
北は白神山地、東は奥羽山脈、南は鳥海山と山に囲まれた秋田県は、山が風除けとなり、川の脇に広がる平野や盆地は米の適作地となっている。日本海沿岸部はハタハタが有名だ。太平洋側から吹く冷たい風、やませはかつて隣の岩手県北部の米作りを困難にしてきたが、山を越えて秋田に届く頃には宝風といわれ農産物に好ましい風になった。県北部は山も多く、中央南部と比べて米の生産量は高くはないが、山菜、果樹、野菜が豊富に採れる。平成19年度カロリーベースの秋田県の自給率は177%。これは北海道に次ぐ高さである。
陽気な母さんの店
秋田県大館市曲田字家ノ後97-1
● Phone 0186-52-3800
佐葉館本舗
秋田県北秋田市米内沢字長野沢 141-55
●Phone 0186-72-5007
あきたさくら
秋田県大館市大町23 太平泉ビル2F
● Phone 0186-42-1818
JAあきた北 販売営農部
(とんぶり、ヤマノイモ)
秋田県大館市赤石字伊勢堂岱233-1
● Phone 0186-42-8800
JAあきた北央 加工部(秋田比内地鶏)
秋田県北秋田市川井字漣岱(さざなみ)72
● Phone 0186-78-4225
協力/秋田県東京事務所
text by Kaori Shibata photographs by Chizuru Takata
本記事は雑誌料理王国184号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は184号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。