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三代目浜作主人のお気に入り 丼について


丼という文字から受ける第一印象は、字面といい語韻といい実に飾りっ気がなく純朴なものであります。皆様ご承知の通り、どんぶりを漢字で表記すると「丼」という字になります。今ではごく一般的で馴染みの深い字面ではございますが、何故井戸の「井」の中にチョボなのでございましょうか。諸説ある中、私が最も成程と合点いたしましたのが次の説でございます。すなわち、井戸の中に何か石のようなものを投げ込んだ時に「ドボン、ドボンリ、ドンブリ」と音が響きます。そこから「丼」という擬音語の字が生まれました。

 江戸時代に「慳貪(けんどん)振り鉢」と名乗り、大振りり鉢の鉢におかずと一緒にご飯を一膳盛り切りで提供した、今で言うところの定食屋のような店が出来ました。元々「慳貪」とは「ケチ」を意味する言葉でございますが、それを看板にしたこの店は、ごく簡単で手っ取り早く、また腹持ちも味も良かったところが江戸の庶民に評判を呼び、「慳貪振り鉢」を縮めて「どんぶり鉢」…「どんぶり」という名称が定着するに至ります。そこでその語韻から「丼」という字に繋がったということでございましょうか。

 ご案内の通り、この「丼」という日本独特の食べ物は簡便で、手っ取り早いがどこか野暮ったく庶民的なものとされております。またその写真うつりもパッとしないものですから、あまりプロの料理人が取り上げることのなかったものでございます。しかしながら、この「丼」が、お米を主食とする日本人にとって最も身近な食べ物であることは紛れもない事実であります。そこで今回、一冊丸ごと「丼」という本を出すことにいたしました。

 この本を作るにあたりまして記憶を辿り、今までに作ったことのある丼を列記いたしましたところ、意外にも百を超えることが分かりました。すなわち、敢えて意識することがなかっただけで、皆さまにおかれましても長い人生の中で、実に多くのこの「丼」という品物にお出会いになっているということでありましょう。故に知らず知らずの内に、外食のローテーションにおいての確固たるレギュラーの地位を獲得しているということであります。懐石やフレンチのフルコースのように、順番に何品かを組み合わせてお献立のハーモニーを奏でるものではありません。一編の短編小説のように、一杯の丼鉢の中で全てが完結せねばなりません。従ってそのしっかりとした味付けのメロディラインが、一口目から食べ終わるまで絶えず食欲を喚起せしめなければなりません。

 例によりまして音楽に譬えますと、クラシックにおきましてもジャズにおきましても、一時代を画した大巨人の演奏というものは、冒頭のワンフレーズを聴くだけで「あっ、これはカラスの声だ」とか「これはトスカニーニの演奏だ」とかということがすぐに判別できます。例えば、ジャズ・ビバッブの巨星チャーリー・パーカーのサックスなどが第一の典型であります。「I Can’t Get Started」にしろ「Lover man」にしろ、聴き馴染んだ曲がチャーリー・パーカーの手に掛かると、全く新しい生命を得たかのように別物となって蘇ります。

 東京の銀座八丁目新橋界隈には昔、「橋善」さんと、「天國」さん、この二軒のお店がそれぞれ個性の際立った天丼で覇を競っておられました。「橋善」さんはボリュームいっぱいのかき揚げに、如何にも江戸前といえるほとんど生醤油のような辛口の天つゆで、私は初めてこれをいただきました時、「お江戸と京はこれほどまでに味が違うのか」と、まさしくカルチャーショックを覚えたことを鮮明に記憶いたしております。残念ながら「橋善」さんは閉店なさいました。一方、「天國」さんの「B丼」は、いわゆる江戸前の甘辛の天つゆと胡麻油で香ばしく揚げられた天だね、また少し硬めのご飯とが渾然一体となり、絶妙のバランスを構成しております。揚げ立てをカウンターでいただく天ぷらも結構な物でありますが、天丼となると、あまり高級店のものは何か居心地が悪いというかしっくりとこないようであります。却って庶民的なこういっ た天丼のほうが、かと言って京都人の私には土手の「伊勢屋」さんや浅草の「大黒屋」さんといった本格江戸前は少し重く、丁度この「天國」さんの「B丼」が、私にとりましては学生時代より最も親しんだベストの天丼でございます。蓋を開け、そこからはみ出んばかりの穴子を頬張ると、「ああ、花のお江戸にいるんだ。しかも銀座のど真ん中に。天丼は、この甘辛でなければいけない」という得も言われぬ高揚感を、いつも新たに抱くものであります。

 今回の天丼とは別に、私は東京に参りますとそのお店のカウンターで揚げ立ての天ぷらを頂戴することを一番の楽しみといたしておりました。赤坂の「楽亭」さんでございます。そこの御主人は、同じ料理の道を志す者として、不肖私が心より尊敬させていただいていた真の求道者でございました。先日誠に残念ながら鬼籍に入られました。もうあの芸術品とも言える研ぎ澄まされた透明感の高い天ぷらを二度といただくことができないと思うと、実に痛恨の至りでございます。ここにまた誠心誠意、真心を持った料理人が一人亡くなりました。

銀座 天國
GINZA TENKUNI
東京都中央区銀座8-9-11
03-3571-1092
● 11:30~22:00(21:00LO)
● 年末年始以外は無休
www.tenkuni.com

Hiroyuki Morikawa
1962年生まれ。京都・祇園の板前割烹「京ぎをん 浜作」の3代目主人。「浜作」は日本最初の割烹料理店で、料亭が主流だった昭和初期に、祖父・森川栄が創業した。川端康成を「古都の味 日本の味 浜作」と嘆息させた。

京ぎをん 浜作
京都市東山区祇園八坂鳥居前下ル下河原498
075-561-0330
● 12:00~14:00、17:00~
● 水休


本記事は雑誌料理王国第252号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第252号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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