食の未来が見えるウェブマガジン

川端康成が愛したベーコンエッグ


毎日仕事に追われ慌ただしい日々を送っていると、余裕をもって朝ご飯をゆったりといただく日は一年に何日あるでしょうか。商売柄、どうしても帰宅時間が23時を過ぎます。となると休日は却って「食い気より眠気」となり、朝寝坊することとなります。

 皆様がイメージを抱かれる京の朝ご飯、というとやはり和朝食でありましょう。すなわち菜っ葉のおひたし、お野菜の炊いたん、焼き魚、卵焼きに炊き立ての白いご飯とお味噌汁といった感じでしょうか。現在では京都は言うに及ばず、東京をはじめ全国のホテルでの朝食はこのスタイルが定番となりました。

 昭和36年に、このイメージそのままに京都・東山の都ホテルで、この和朝食という形式を初めて完成させたのが他ならぬ私の父、二代目浜作主人でございます。この時の献立は、切り干し大根とお揚げの炊いたん、ほうれん草の胡麻和え、蕪・湯葉・生麩の炊き合わせ、鮭の塩焼き、名物だし巻き卵に、白ご飯とお味噌汁とお漬物といったメニューでございました。確か一人前900円だったと思います。

 それまでコーヒー・紅茶にトーストのコンチネンタルスタイルや、それに卵料理とハムやベーコンが加わったアメリカンスタイル、この二つの洋朝食がホテルでの主流でございました。親父が完成させましたこの和朝食のスタイルは大ヒットし、後のホテルオークラや、ホテルプラザでも和朝食というスタイルが定着し、今でも人気を博しております。

 かの文豪、川端康成先生は、晩年の10年間を都ホテルの佳水園(かすいえん)という和風の離れの特別室「月の三番」にお泊りでございました。夜ご飯は、手前どもの祇園の本店のカウンターでほぼ毎日のように召し上がりました。真夜中に執筆なさっていたようで、お宿での朝食兼昼食は時間もバラバラ、全く不規則なオーダーをいただきました。毎日同じ献立ではお飽きになるのも当然でございます︒そこで前日の夕食にご来店の折︑翌朝のお好みをお聞きいたしますのが日課となっておりました。ほとんどが和食のご注文でしたが、たまにこのイラストにありますベーコンエッグもお好みだったようで、度々ご注文をいただきました。パンは東京の「紀ノ国屋」のイギリスパンをトーストし、紅茶は確か「トワイニング」の「プリンスオブウェールズ」がお好みでございました。

 このベーコンエッグの特徴は、ベーコンをまずカリカリに焼き、それから玉子二つを割り入れ、蓋をせず軽く塩・胡椒で味付け、必ず玉子はしっかり火を通しウェルダンに仕上げることであります。先生はウスターソースやケチャップをお使いにならず、薄口しょうゆを数滴垂らして粉チーズを振り、塩昆布と共にお召し上がりになったそうでございます。久しぶりにこの川端先生好みのレシピを再現し作ってみましたが、これが実に洒落たもので、パンにもまたご飯にもぴったりでありました。

 先生のお部屋には小さなレコードプレイヤーがあり、それでよくおかけになっていたLPがフォーレのヴァイオリンソナタと、ベートーヴェンのチェロソナタ3番であったそうです。全く対照的な二つの曲調でありますが、このベーコンエッグを召し上がる時、どちらの曲を好まれたかは定かではございません。私は多分フォーレだと思います。

Hiroyuki Morikawa
日本最初の板前割烹である「京ぎをん 浜作」の3代目主人。料亭が主流だった昭和2年に著者の祖父・森川栄氏が創業。その一期一会の料理は谷崎潤一郎、川端康成をはじめ棟方志功、梅原龍三郎、北大路魯山人、マーロン・ブランドや中村吉右衛門などなど、時代を創った政財界人から文化人、芸術家を魅了してきた。

京ぎをん 浜作
京都市東山区祇園八坂鳥居前下ル下河原498
075-561-0330
● 12:00~14:00、17:00~
● 水曜及び最終火曜日定休、要予約


Illustration by Michihico Sato

本記事は雑誌料理王国第252号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第252号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする